第5回 学校へ行こう『天使なんかじゃない』
学校、好きでしたか?
社会人になると「学生の頃はよかった」とか「あの頃に戻りたい」なんて愚痴っちゃう人が多いですよね。そんな人は、さぞ充実した青春を送ってこられたんでしょう。素晴らしいことです。
ええ、もちろんアタシは大嫌いでしたよ。
小中高と問わず苦痛で苦痛で。おかげで大人になってから、遠い昔に想いを馳せて「戻りたい」などと詮無きノスタルジアに陥ることもありません。「あの頃に比べれば、今はなんと幸福なことか」と、どんな苦境でも乗り越えられます。忍耐力がつきました。
暗い青春バンザイ! 鬱々たる学生時代こそが、明るい社会生活を築く!
……まぁ、やっかみですけど。
というわけで、今回はこれでもかと青春を謳歌した作品。高校生活を堪能しまくった漫画のお話です。

『天使なんかじゃない』
現在も様々なメディアミックスでヒットを連発している一大産業漫画、『NANA-ナナ-』の作者、矢沢あいが「りぼん」時代に描いた作品ですね。アタシが12歳〜15歳の頃に連載されていました。
「ジャンプ」とともに「りぼん」を購読していたアタシは、それはもうハマリました。
聖学園の1期生である冴島翠(さえじまみどり)たちが、生徒会を通じて繰り広げる、恋と友情の物語。高校1年の2学期から卒業するまでをたっぷり描いた青春群像です。
もうこれでもかというほど、学園ドラマがてんこもり! 学校で味わう、酸いも甘いも、ここにある! いや、アタシが通らなかった道ばかりだけど!
高校を舞台にした少女漫画で起こるであろう、すべての王道がここに詰まっているのです。
10年以上も前の作品ですから当然かもしれません。いえ、10年前の時点ですらすでに「ベタ」確定だったエピソードもちらほらと。
それは悪いことではありません。王道をいかに形骸化させず血肉を宿らせ描くか、それこそが作家の腕の見せ所ではありませんか。
常套句ほど美しいものはない。
かの詩人、ボードレールもそう言っておりました。
それに、矢沢あい作品の根底に流れるものは「ド演歌」。もう、メッセージが濃ゆい濃ゆい(『NANA-ナナ-』もパンクでもポップスでもなく、ド演歌ですよね)。投げかける拳が、魂を揺さぶる力が半端ありません。
今回は、そんな『天使なんかじゃない』が歩んできた王道を10コ、物語順に挙げていこうと思います。
名づけて、《天ないの、これぞ演歌の花道》。「あるあるw」とうなずきながら読んでいただけたら、これさいわいです。ドンドンドン、ベタベッタ!
(巻数はリボンマスコットコミックのものです)
1ベタ 不良なアイツが雨の日に捨て猫を拾う(1巻)
いきなりきたーーー!
第1話からこれです。主人公が恋する瞬間が、コレ。
今から繰り広げられる王道の数々が思いやられるってなもんですね。
数々の漫画でもネタとしても繰り返されているエピソードですが、そもそも捨て猫ってそんなにいるもんなんでしょうか?
アタシはダンボールに捨てられてる猫すら、生まれてこのかた、見たことありません。探してます、捨て猫。
ダンボールごと川に流されまくる映画なら見たことありますけど……。
2ベタ バイクに2人乗りで「しっかりつかまってろ」(1巻)
好きになった男が「不良なアイツ」ならバイクネタも必須。
これには、〈男の体に強くしがみつく→「痛い」と言われる→「やだ、わたしったら!」とあわてて手を離す→「いいからつかまってろ」と手を握られる→「きゃあ〜!///」〉というフルコンボが必要です。
このバイクデートなら実際に体験された方も多いかもしれませんね。
アタシも「いいからつかまってろ」じゃないですけど、つかまって風で冷えた手を、「ここに入れなよ」と男のジャケットのポッケ両方ずつに手を突っ込まれ走ったという思い出がありますよ。
あまーーーい!
3ベタ お化け屋敷で恐怖のあまり抱きつく(1巻)
学園物といえば学園祭、学園祭といえばおばけ屋敷(夏休みの夜に有志が集まってでも可)。
そして、〈普段はとても怖がりに見えない人が怖がる〉というのがミソです。
『天ない』ではマミリンこと麻宮裕子がその役に借り出されています。
タキガワマンとの触れ合いが切ないよ〜。
4ベタ 学園祭の〆はチークダンス(1巻)
あるいはフォークダンスでも可。しかも「好きな人の番!」てところで曲が終わるっつー展開でね。
チークダンスもフォークダンスも未体験ですわ。あんなの、いじめにあってた子には拷問でしかないよ、ホント……。
5ベタ キスシーンはかかとを上げた足(2巻)
今はあまり見ませんね。向かい合って立つ男と女の足のアップで、女のかかとが浮いてるっていう描写。
キスしてる顔を直接撮らず、足だけで表現するという奥ゆかしさ。ワビサビ。映画からきてる表現なのかな?
6ベタ 白雪姫の劇でキスシーン(2巻)
キスするふりだけの演技なのに、ハプニングで本当にしちゃうって展開が主ですね(或いは「ロミオとジュリエット」とかね)。
『天ない』では「新入生歓迎会」において2度も白雪姫が演じられるますすが、2度ともそのようなハプニングはありませんでした。ドタバタラブコメではないということですね。
7ベタ 彼に会いにアパートに行くと、隣の人が「引越したよ」(6巻)
これは学園物に限らずベター!
ドアを叩いて名前を叫んでいると、隣の部屋のドアが開いて「うるさいわね、そこの人なら引越したわよ」。この役は頭にカーラー巻いたネグリジェ姿のおばはんがベストです。昔メッセンジャーのネタにもあったわ〜。
『天ない』ではそこまでしませんけど。元ヤンぽいねーちゃんが言ってくれます。
8ベタ 車にひかれる(6巻)
事故に遭うのも少女漫画のドラマツルギーには必須。「あわやぶつかる!」てとこでホワイトアウトして、以下次号……。
まぁ、だいたい次の回ではケロッとしてるんですけど。
9ベタ 彼が実は社長のご子息(7巻)
貧乏な暮らしをしてたはずなのに、実はおぼっちゃまだった!? 結婚したら玉の輿ぃ?
……やはり、いつの時代でも〈王子様〉は金持ちじゃないといけないんですね。貧乏でも許される王子は横山たかしぐらいでしょうか(いや、実際は金持ちでしょうけど)。
10ベタ ドッキリお誕生日パーティ(8巻)
誕生日なのに誰にも会えずに淋しくしてたら、実はみんなでこっそりパーティの準備をしていて、「うそぉーー(T0T)!!」……という、あれ。
転じて、誕生日にドッキリを仕掛けるというのがテレビ番組でも多いですよね。人は「喜ばせたい」より「驚かせたい」な生き物なんですね。
……というわけで10ベタ、いかがだったでしょうか。
これらには『天ない』が倣ったベタもあれば、『天ない』が創始したベタもあると思います。それだけ偉大で、魂のこもった作品でしたから。
今回、改めて読み直しましたが……やはり、いい。
少年漫画は何年経っても名作であり続けるものが多いですが、少女漫画でそれはなかなかないですよね。とくに90年代以降は。
最も多感な時期、その瞬間にだけ、途轍もない共感を与えてくれるのが少女漫画。通り過ぎてからは、けっして戻れない世界なのかもしれません。
けれど、『天ない』は今読んでも良い。大人になって読んでこそわかる心理もありました。マキ先生の気持ちとか……ほんまに大人やわ、先生。
数々の王道と感動を踏まえた末、最終回で翠たちは聖学園を卒業します。みんなが涙する感動の卒業式です。
……うん、なかった。そんな卒業式味わったことないわ。
生ぬるい学園物なら( ゚д゚)、。ペッ と唾をかけるとこですが、これにはできません。純粋に彼女たちの卒業を祝福できちゃう。あんなに学校が嫌いだったのに。
――最近はまたいじめ問題が頻繁に取り上げられていますね。
すべての学校が聖学園のように温かかったら、そんなことも起こらないでしょうが、現実は違います。
つらく苦しいだけの学校生活を送っている人間には、『天ない』の世界は眩しすぎます。うしろめたくなる人もいるかもしれません。
いえいえ、行きたくなければさっさとやめちゃえばいいんです。
成し得なかった理想の学園生活は、漫画を読んで補完すればいいんです。体験してないことも、追体験しちゃえば自分の経験。ケラさんも歌ってました。
♪さあ、学校へ行こお〜 行きたくなきゃやめーよーお〜
社会人になると「学生の頃はよかった」とか「あの頃に戻りたい」なんて愚痴っちゃう人が多いですよね。そんな人は、さぞ充実した青春を送ってこられたんでしょう。素晴らしいことです。
ええ、もちろんアタシは大嫌いでしたよ。
小中高と問わず苦痛で苦痛で。おかげで大人になってから、遠い昔に想いを馳せて「戻りたい」などと詮無きノスタルジアに陥ることもありません。「あの頃に比べれば、今はなんと幸福なことか」と、どんな苦境でも乗り越えられます。忍耐力がつきました。
暗い青春バンザイ! 鬱々たる学生時代こそが、明るい社会生活を築く!
……まぁ、やっかみですけど。
というわけで、今回はこれでもかと青春を謳歌した作品。高校生活を堪能しまくった漫画のお話です。

『天使なんかじゃない』
現在も様々なメディアミックスでヒットを連発している一大産業漫画、『NANA-ナナ-』の作者、矢沢あいが「りぼん」時代に描いた作品ですね。アタシが12歳〜15歳の頃に連載されていました。
「ジャンプ」とともに「りぼん」を購読していたアタシは、それはもうハマリました。
聖学園の1期生である冴島翠(さえじまみどり)たちが、生徒会を通じて繰り広げる、恋と友情の物語。高校1年の2学期から卒業するまでをたっぷり描いた青春群像です。
もうこれでもかというほど、学園ドラマがてんこもり! 学校で味わう、酸いも甘いも、ここにある! いや、アタシが通らなかった道ばかりだけど!
高校を舞台にした少女漫画で起こるであろう、すべての王道がここに詰まっているのです。
10年以上も前の作品ですから当然かもしれません。いえ、10年前の時点ですらすでに「ベタ」確定だったエピソードもちらほらと。
それは悪いことではありません。王道をいかに形骸化させず血肉を宿らせ描くか、それこそが作家の腕の見せ所ではありませんか。
常套句ほど美しいものはない。
かの詩人、ボードレールもそう言っておりました。
それに、矢沢あい作品の根底に流れるものは「ド演歌」。もう、メッセージが濃ゆい濃ゆい(『NANA-ナナ-』もパンクでもポップスでもなく、ド演歌ですよね)。投げかける拳が、魂を揺さぶる力が半端ありません。
今回は、そんな『天使なんかじゃない』が歩んできた王道を10コ、物語順に挙げていこうと思います。
名づけて、《天ないの、これぞ演歌の花道》。「あるあるw」とうなずきながら読んでいただけたら、これさいわいです。ドンドンドン、ベタベッタ!
(巻数はリボンマスコットコミックのものです)
1ベタ 不良なアイツが雨の日に捨て猫を拾う(1巻)
いきなりきたーーー!
第1話からこれです。主人公が恋する瞬間が、コレ。
今から繰り広げられる王道の数々が思いやられるってなもんですね。
数々の漫画でもネタとしても繰り返されているエピソードですが、そもそも捨て猫ってそんなにいるもんなんでしょうか?
アタシはダンボールに捨てられてる猫すら、生まれてこのかた、見たことありません。探してます、捨て猫。
ダンボールごと川に流されまくる映画なら見たことありますけど……。
2ベタ バイクに2人乗りで「しっかりつかまってろ」(1巻)
好きになった男が「不良なアイツ」ならバイクネタも必須。
これには、〈男の体に強くしがみつく→「痛い」と言われる→「やだ、わたしったら!」とあわてて手を離す→「いいからつかまってろ」と手を握られる→「きゃあ〜!///」〉というフルコンボが必要です。
このバイクデートなら実際に体験された方も多いかもしれませんね。
アタシも「いいからつかまってろ」じゃないですけど、つかまって風で冷えた手を、「ここに入れなよ」と男のジャケットのポッケ両方ずつに手を突っ込まれ走ったという思い出がありますよ。
あまーーーい!
3ベタ お化け屋敷で恐怖のあまり抱きつく(1巻)
学園物といえば学園祭、学園祭といえばおばけ屋敷(夏休みの夜に有志が集まってでも可)。
そして、〈普段はとても怖がりに見えない人が怖がる〉というのがミソです。
『天ない』ではマミリンこと麻宮裕子がその役に借り出されています。
タキガワマンとの触れ合いが切ないよ〜。
4ベタ 学園祭の〆はチークダンス(1巻)
あるいはフォークダンスでも可。しかも「好きな人の番!」てところで曲が終わるっつー展開でね。
チークダンスもフォークダンスも未体験ですわ。あんなの、いじめにあってた子には拷問でしかないよ、ホント……。
5ベタ キスシーンはかかとを上げた足(2巻)
今はあまり見ませんね。向かい合って立つ男と女の足のアップで、女のかかとが浮いてるっていう描写。
キスしてる顔を直接撮らず、足だけで表現するという奥ゆかしさ。ワビサビ。映画からきてる表現なのかな?
6ベタ 白雪姫の劇でキスシーン(2巻)
キスするふりだけの演技なのに、ハプニングで本当にしちゃうって展開が主ですね(或いは「ロミオとジュリエット」とかね)。
『天ない』では「新入生歓迎会」において2度も白雪姫が演じられるますすが、2度ともそのようなハプニングはありませんでした。ドタバタラブコメではないということですね。
7ベタ 彼に会いにアパートに行くと、隣の人が「引越したよ」(6巻)
これは学園物に限らずベター!
ドアを叩いて名前を叫んでいると、隣の部屋のドアが開いて「うるさいわね、そこの人なら引越したわよ」。この役は頭にカーラー巻いたネグリジェ姿のおばはんがベストです。昔メッセンジャーのネタにもあったわ〜。
『天ない』ではそこまでしませんけど。元ヤンぽいねーちゃんが言ってくれます。
8ベタ 車にひかれる(6巻)
事故に遭うのも少女漫画のドラマツルギーには必須。「あわやぶつかる!」てとこでホワイトアウトして、以下次号……。
まぁ、だいたい次の回ではケロッとしてるんですけど。
9ベタ 彼が実は社長のご子息(7巻)
貧乏な暮らしをしてたはずなのに、実はおぼっちゃまだった!? 結婚したら玉の輿ぃ?
……やはり、いつの時代でも〈王子様〉は金持ちじゃないといけないんですね。貧乏でも許される王子は横山たかしぐらいでしょうか(いや、実際は金持ちでしょうけど)。
10ベタ ドッキリお誕生日パーティ(8巻)
誕生日なのに誰にも会えずに淋しくしてたら、実はみんなでこっそりパーティの準備をしていて、「うそぉーー(T0T)!!」……という、あれ。
転じて、誕生日にドッキリを仕掛けるというのがテレビ番組でも多いですよね。人は「喜ばせたい」より「驚かせたい」な生き物なんですね。
……というわけで10ベタ、いかがだったでしょうか。
これらには『天ない』が倣ったベタもあれば、『天ない』が創始したベタもあると思います。それだけ偉大で、魂のこもった作品でしたから。
今回、改めて読み直しましたが……やはり、いい。
少年漫画は何年経っても名作であり続けるものが多いですが、少女漫画でそれはなかなかないですよね。とくに90年代以降は。
最も多感な時期、その瞬間にだけ、途轍もない共感を与えてくれるのが少女漫画。通り過ぎてからは、けっして戻れない世界なのかもしれません。
けれど、『天ない』は今読んでも良い。大人になって読んでこそわかる心理もありました。マキ先生の気持ちとか……ほんまに大人やわ、先生。
数々の王道と感動を踏まえた末、最終回で翠たちは聖学園を卒業します。みんなが涙する感動の卒業式です。
……うん、なかった。そんな卒業式味わったことないわ。
生ぬるい学園物なら( ゚д゚)、。ペッ と唾をかけるとこですが、これにはできません。純粋に彼女たちの卒業を祝福できちゃう。あんなに学校が嫌いだったのに。
――最近はまたいじめ問題が頻繁に取り上げられていますね。
すべての学校が聖学園のように温かかったら、そんなことも起こらないでしょうが、現実は違います。
つらく苦しいだけの学校生活を送っている人間には、『天ない』の世界は眩しすぎます。うしろめたくなる人もいるかもしれません。
いえいえ、行きたくなければさっさとやめちゃえばいいんです。
成し得なかった理想の学園生活は、漫画を読んで補完すればいいんです。体験してないことも、追体験しちゃえば自分の経験。ケラさんも歌ってました。
♪さあ、学校へ行こお〜 行きたくなきゃやめーよーお〜
第4回 その者、青き制服をまといて…『まとちゃん』
《ジャンプ3連発》を紹介し終え、お次は少女漫画の大作をと思っていたのですが、チョットタイム。
前回『Dr.スランプ』について書いたら、アタシの中に宿る「メガネ属性」にスイッチが入り、新たなメガネっ娘を補給したくてたまらなくなってしまい、気づいたらあてもなくメガネ漫画を求め日本橋の街をさまよっておりました。両手を広げて「キーン」で。
今回は、そのときジャケ買いしてアタっちゃった作品、『まとちゃん』をご紹介です。

高原馬頭子(たかはらまとこ)。
天文マニアの父から「つねにマクロな視点をもってほしい」と馬頭星雲から名前をつけられるが、無類の虫好きでミクロな視点で生きる小学生が主人公の萌え4コマ漫画。
まんま、『あずまんが大王』系統です。
あのエポックメーキング以降、乱発された後続漫画のひとつとしてとらえて、たぶん問題ないはず。
後追いが先駆者を超えることなどまずありえないと知りながら、『あずまんが大王』よりガッツリ心を鷲づかみにされてしまった理由は、ひとえに好みの問題。
「ロリ」「メガネ」「シュール」。その三種の神器と、トロリと崩れそうで崩れない甘く硬質なラインの妙が、アタシのストライクゾーンど真ん中だっただけです。優劣の問題ではありません。萌え漫画にハマるかハマらないかは、己の好き属性に該当する項目が多いか少ないかって問題ですよね? 目指せ、高得点。
内容は、馬頭子と馬頭子を取り巻く友達や虫たちの観察記録。
見た目どおり、温かく微笑ましい日常がつづられるだけの優しい漫画……かと思ったら、全然そうじゃありません。
誰もが子どもの頃に味わった、虫にまつわるイヤ〜な思い出のツボを押しまくり、「萌え」どころか軽くダウナーな気分にさせられること必至。
描写は静かでひたすらマクロ。虫エピソードが淡々と並ぶだけのありふれた日々……かと思ったら、やはり全然そうではなく、とんでもないパンドラの箱を開けたり、ミステリーワールドに行き来したりと、驚きの連続です。
「萌え」なはずなのに優しくない、キャラも読者をもひたすら突き放す漫画。可愛さに騙され、裏切られ、でも何故か心地良く感じる自分がいる。
徹底したシュールさが頼もしい作品なのです。
虫と少女の融合。それは甘くてからく、程よい塩梅であります。
ところで、虫を愛でる姫といえば……

やっぱりやりたい、ナウシカコス。
……すいません、描きたかっただけです。同じ虫好きといえど、馬頭子は虫も人も守ってくれません。戦ってもくれません。どちらかといえば恐怖のドン底へ突き落とし、行ってはいけないアンダーグラウンド(腐海)へ誘う悪魔の案内人。救われません。風にも乗れません。いきなり太るし。
しかし物語の最後に、あの「火の七日間戦争」を持ってくるのは、うまい。やられた。ツボをわきまえているぜ、こん畜生。
誰にでもオススメするわけではありませんが、「ロリ」「メガネ」「シュール」にピンときたら、『まとちゃん』へ。
1巻完結で読みやすく、虫虫虫といってもやわらかい線でグロくはありません。
読めばきっと、彼女のレンズ越しの瞳に広がる、広大で迷宮たる星雲へと吸い込まれることでしょう。それは綿アメのような甘い星ではなく、おびただしい虫の群で形成されているのですが。うーん、蠱惑的。
前回『Dr.スランプ』について書いたら、アタシの中に宿る「メガネ属性」にスイッチが入り、新たなメガネっ娘を補給したくてたまらなくなってしまい、気づいたらあてもなくメガネ漫画を求め日本橋の街をさまよっておりました。両手を広げて「キーン」で。
今回は、そのときジャケ買いしてアタっちゃった作品、『まとちゃん』をご紹介です。

高原馬頭子(たかはらまとこ)。
天文マニアの父から「つねにマクロな視点をもってほしい」と馬頭星雲から名前をつけられるが、無類の虫好きでミクロな視点で生きる小学生が主人公の萌え4コマ漫画。
まんま、『あずまんが大王』系統です。
あのエポックメーキング以降、乱発された後続漫画のひとつとしてとらえて、たぶん問題ないはず。
後追いが先駆者を超えることなどまずありえないと知りながら、『あずまんが大王』よりガッツリ心を鷲づかみにされてしまった理由は、ひとえに好みの問題。
「ロリ」「メガネ」「シュール」。その三種の神器と、トロリと崩れそうで崩れない甘く硬質なラインの妙が、アタシのストライクゾーンど真ん中だっただけです。優劣の問題ではありません。萌え漫画にハマるかハマらないかは、己の好き属性に該当する項目が多いか少ないかって問題ですよね? 目指せ、高得点。
内容は、馬頭子と馬頭子を取り巻く友達や虫たちの観察記録。
見た目どおり、温かく微笑ましい日常がつづられるだけの優しい漫画……かと思ったら、全然そうじゃありません。
誰もが子どもの頃に味わった、虫にまつわるイヤ〜な思い出のツボを押しまくり、「萌え」どころか軽くダウナーな気分にさせられること必至。
描写は静かでひたすらマクロ。虫エピソードが淡々と並ぶだけのありふれた日々……かと思ったら、やはり全然そうではなく、とんでもないパンドラの箱を開けたり、ミステリーワールドに行き来したりと、驚きの連続です。
「萌え」なはずなのに優しくない、キャラも読者をもひたすら突き放す漫画。可愛さに騙され、裏切られ、でも何故か心地良く感じる自分がいる。
徹底したシュールさが頼もしい作品なのです。
虫と少女の融合。それは甘くてからく、程よい塩梅であります。
ところで、虫を愛でる姫といえば……

やっぱりやりたい、ナウシカコス。
……すいません、描きたかっただけです。同じ虫好きといえど、馬頭子は虫も人も守ってくれません。戦ってもくれません。どちらかといえば恐怖のドン底へ突き落とし、行ってはいけないアンダーグラウンド(腐海)へ誘う悪魔の案内人。救われません。風にも乗れません。いきなり太るし。
しかし物語の最後に、あの「火の七日間戦争」を持ってくるのは、うまい。やられた。ツボをわきまえているぜ、こん畜生。
誰にでもオススメするわけではありませんが、「ロリ」「メガネ」「シュール」にピンときたら、『まとちゃん』へ。
1巻完結で読みやすく、虫虫虫といってもやわらかい線でグロくはありません。
読めばきっと、彼女のレンズ越しの瞳に広がる、広大で迷宮たる星雲へと吸い込まれることでしょう。それは綿アメのような甘い星ではなく、おびただしい虫の群で形成されているのですが。うーん、蠱惑的。
第3回 メガネ属性って何?『Dr.スランプ』
昨今は『メガネ男子』『ガールズメガネ』といった、メガネ属性をフィーチャーした本が発売し、注目されました。
長年、ヤボったいイメージをつきまとっていたメガネに、ついに脚光を浴びる日が。メガネ歴の長い者としてうれしいかぎりです。
男子がかけるのもよし、女子がかけるのもよし。できれば、愛し愛されるふたりが共にメガネなのがベスト。大好物です、メガネカップル。
さて、皆さんは「メガネカップル」と聞いて、まずはじめに誰と誰を思い浮かべるでしょうか?
メガネを愛し、恋人を愛してやまないふたり。誰もがお茶の間で人気のあのカップルを髣髴するはずです。……そう、おぎやはぎです。
彼らのコンビ愛は、客がしばしば退いてしまうほど。熱く突き詰められたものです。そして、あの堂に入ったメガネっぷり。まさに最高のメガネコンビと云えるでしょう。
ちょっと待ってください。関西組なら、そこは是非ともバッファロー吾郎を上げるべきでしょう!
彼らこそが元祖メガネコンビ。TVでおぎやはぎを視たときは「Wメガネはバ吾郎の特権ではー!? キャラが薄まってまうわー!」と、心底焦ったものです。関西の人なら皆おなじ気持ちになりましたよね?
……って、どっちも男同士じゃないですか! アタシが言ってるのは男女のカップルです! しかもここは笑芸コラムじゃなくマンガレビュゥーッ!
前置きが長くなってしまいましたが、とにもかくにもアラレちゃんとオボッチャマンくんを差し置いて他に、ベストなメガネカップルなどおりません。
彼らこそが今のメガネブームの布石、礎を築いたパイオニア。そんな最高なキャラクターを生み出した『Dr.スランプ』について、今回は語っちゃおうと思います。んちゃ。

さすがに連載時は1〜5歳だったので読むことはできませんでしたが、現在も『完全版』が発売されるほどの人気作。子供から大人まで、幅広く知られています。
アニメから入った人の方が多いかもしれませんね。かくいうアタシもアニメでのイメージしかありませんでした。
ちゃんと漫画を読んだのは『DRAGON BALL』連載終了後。20年も前も作品だというのに、古さを感じずバッチリハマってしまいました。
とにかくアラレちゃんのかわいさったらない!!! 殺人的愛らしさに目も眩むばかりでした。そりゃ地球も割れます。
『DRAGON BALL』は物語がシリアスになるにつれ、線が硬く「男の子がカッコイイ」タッチになっていきましたが、『Dr.スランプ』は対照的に線の丸さが絶妙で「女の子がカワイイ」タッチ。回を増すごとにれアラレちゃんの背も縮み、愛らしさが洗練されていきました。ヤバすぎです。
彼女が縦横無尽にはしゃぎまわる姿だけでも心奪われるというのに、それに惚れちゃう男の子が出てくるんだから、いよいよ辛抱堪りません。ジャンプコミックス13巻から登場のオボッチャマンくんです。
メガネといいネクタイといいデビルカット(角みたいにとがった髪形)といい、容姿だけでも100点満点な彼ですが、真の力はアラレちゃんに一目惚れした瞬間に発揮されます。恋心と、倒さなければならないという使命(Dr.マシリトにだまされて)の板ばさみ。苦しみ悩む様が、ただひたすらに萌えでした。最高です。
当のアラレちゃんが微塵も恋に感心ないので、オボッチャマンくんは彼女の天然なふるまいに振り回されるばかり。自分だけがエッチなんじゃないかなんて悩んだりして、あ゛ーっ!
この主従関係は神。いつまでもいつまでもふたりを見守りたい。微笑ましい恋仲に心奪われっぱなし。大変おいしいメガネッ子!
そういえば『DRAGON BALL』の悟空とチチも、悟飯が生まれるまではそんな関係でした。
天真爛漫と早熟のカップルを描かせたら鳥山明の右に出る者はいませんね。ラブロマンスが嫌いなんて言わずに、もっと、もっとくださいぃ〜。
もちろん、可愛いのはふたりだけではありません。
ペンギン村にいるのは、めちゃんこめんこくてカックイイ子供ばかりです。キツネのお面、人民服のパンダ、サングラスの子ブタ。もう、センスのかたまりです。
中でも皿田きのこちゃんは!

グンバツにナウイ。
テクノカットにサングラスで颯爽と三輪車にまたがり、後ろに連れたラジカセから流れるのはテクノポップ。その雄姿にはテクノバンド好きとして憧憬の念があふれます。テクノライディ〜ン〜♪
(ちなみにアタシは一時、空豆タロウを真似て甚平とスクーターで夏の街を走っていた頃がありました。精一杯のナウ。20歳前後の女としてどうなんだ、ソレ)
木緑あかねと摘鶴燐ちゃんもキューーートです。

この「ペンギン村高校大運動会」(10巻)での鶴燐ちゃんの体操着姿は、萌えを熟知している奴の仕業としか思えません。鳥山明……硬派に見えて、おそろしい子。
(あかねちゃんは登校時のセーラー姿が好きでした)
『Dr.スランプ』は、話の面白さももちろん、回ごとに変わるキャラの髪型や服装も楽しみのひとつでした。当時の漫画にしては珍しいほどのオシャレさん達です。
また、扉ページを飾る車やバイクなどのマシンまでも、異常に可愛い。キャラの頭身に合った丸みを帯びたデザインは、子供のマシン心を的確に刺戟してくれました。
それは『DRAGON BALL』になっても進化し、どんどんステキデザインなマシンが登場し。グッドデザイン&発明の権化ですね、カプセルコーポレーションは。さすがはブリーフ博士! 欲しいぜ、ホイポイカプセル!
そう、アタシもアナタもカプセルコーポレーション世代。
少し前に村田蓮爾のイラストが注目されたときがありましたが、その根っこにはアラレちゃんとカプセルコーポレーションの影響が少なからずあったと思います。
丸みを帯びた可愛い少女達とデザイン美なマシンの融合。それは元をただせばアラレちゃんではありませんか。こりゃ、受けないはずがありません。
今後、作者がこのような大型連載を持つことはきっとないでしょうが、アタシ達はその痕跡を幾度となく目撃するでしょう。みんなの心の中に鳥山イズムが宿っているのですから。
だからどうか、素晴らしいメガネカップル漫画も目撃させてください!
……どうでしょ。鳥山明の影響を受けた漫画は数多あると思いますが、アラレちゃんとオボッチャマンくんのような、麗しきメガネカップルの漫画というのは、どうにも見当たりません。
世はメガネブームだというのに何たることか。もっとメガネを! メガネtoメガネを!
……アタシが不勉強なだけ? 市場には隠れたメガネカップルが生息しているの?
お願いです。めんこいメガネカップルの漫画がございましたら、是非ともゆすらまでお教え下さい。喜び勇んで本屋へ駆け込みます。
アタシもアナタも、きっとメガネ部。1・2・3、メガネ!
長年、ヤボったいイメージをつきまとっていたメガネに、ついに脚光を浴びる日が。メガネ歴の長い者としてうれしいかぎりです。
男子がかけるのもよし、女子がかけるのもよし。できれば、愛し愛されるふたりが共にメガネなのがベスト。大好物です、メガネカップル。
さて、皆さんは「メガネカップル」と聞いて、まずはじめに誰と誰を思い浮かべるでしょうか?
メガネを愛し、恋人を愛してやまないふたり。誰もがお茶の間で人気のあのカップルを髣髴するはずです。……そう、おぎやはぎです。
彼らのコンビ愛は、客がしばしば退いてしまうほど。熱く突き詰められたものです。そして、あの堂に入ったメガネっぷり。まさに最高のメガネコンビと云えるでしょう。
ちょっと待ってください。関西組なら、そこは是非ともバッファロー吾郎を上げるべきでしょう!
彼らこそが元祖メガネコンビ。TVでおぎやはぎを視たときは「Wメガネはバ吾郎の特権ではー!? キャラが薄まってまうわー!」と、心底焦ったものです。関西の人なら皆おなじ気持ちになりましたよね?
……って、どっちも男同士じゃないですか! アタシが言ってるのは男女のカップルです! しかもここは笑芸コラムじゃなくマンガレビュゥーッ!
前置きが長くなってしまいましたが、とにもかくにもアラレちゃんとオボッチャマンくんを差し置いて他に、ベストなメガネカップルなどおりません。
彼らこそが今のメガネブームの布石、礎を築いたパイオニア。そんな最高なキャラクターを生み出した『Dr.スランプ』について、今回は語っちゃおうと思います。んちゃ。

さすがに連載時は1〜5歳だったので読むことはできませんでしたが、現在も『完全版』が発売されるほどの人気作。子供から大人まで、幅広く知られています。
アニメから入った人の方が多いかもしれませんね。かくいうアタシもアニメでのイメージしかありませんでした。
ちゃんと漫画を読んだのは『DRAGON BALL』連載終了後。20年も前も作品だというのに、古さを感じずバッチリハマってしまいました。
とにかくアラレちゃんのかわいさったらない!!! 殺人的愛らしさに目も眩むばかりでした。そりゃ地球も割れます。
『DRAGON BALL』は物語がシリアスになるにつれ、線が硬く「男の子がカッコイイ」タッチになっていきましたが、『Dr.スランプ』は対照的に線の丸さが絶妙で「女の子がカワイイ」タッチ。回を増すごとにれアラレちゃんの背も縮み、愛らしさが洗練されていきました。ヤバすぎです。
彼女が縦横無尽にはしゃぎまわる姿だけでも心奪われるというのに、それに惚れちゃう男の子が出てくるんだから、いよいよ辛抱堪りません。ジャンプコミックス13巻から登場のオボッチャマンくんです。
メガネといいネクタイといいデビルカット(角みたいにとがった髪形)といい、容姿だけでも100点満点な彼ですが、真の力はアラレちゃんに一目惚れした瞬間に発揮されます。恋心と、倒さなければならないという使命(Dr.マシリトにだまされて)の板ばさみ。苦しみ悩む様が、ただひたすらに萌えでした。最高です。
当のアラレちゃんが微塵も恋に感心ないので、オボッチャマンくんは彼女の天然なふるまいに振り回されるばかり。自分だけがエッチなんじゃないかなんて悩んだりして、あ゛ーっ!
この主従関係は神。いつまでもいつまでもふたりを見守りたい。微笑ましい恋仲に心奪われっぱなし。大変おいしいメガネッ子!
そういえば『DRAGON BALL』の悟空とチチも、悟飯が生まれるまではそんな関係でした。
天真爛漫と早熟のカップルを描かせたら鳥山明の右に出る者はいませんね。ラブロマンスが嫌いなんて言わずに、もっと、もっとくださいぃ〜。
もちろん、可愛いのはふたりだけではありません。
ペンギン村にいるのは、めちゃんこめんこくてカックイイ子供ばかりです。キツネのお面、人民服のパンダ、サングラスの子ブタ。もう、センスのかたまりです。
中でも皿田きのこちゃんは!

グンバツにナウイ。
テクノカットにサングラスで颯爽と三輪車にまたがり、後ろに連れたラジカセから流れるのはテクノポップ。その雄姿にはテクノバンド好きとして憧憬の念があふれます。テクノライディ〜ン〜♪
(ちなみにアタシは一時、空豆タロウを真似て甚平とスクーターで夏の街を走っていた頃がありました。精一杯のナウ。20歳前後の女としてどうなんだ、ソレ)
木緑あかねと摘鶴燐ちゃんもキューーートです。

この「ペンギン村高校大運動会」(10巻)での鶴燐ちゃんの体操着姿は、萌えを熟知している奴の仕業としか思えません。鳥山明……硬派に見えて、おそろしい子。
(あかねちゃんは登校時のセーラー姿が好きでした)
『Dr.スランプ』は、話の面白さももちろん、回ごとに変わるキャラの髪型や服装も楽しみのひとつでした。当時の漫画にしては珍しいほどのオシャレさん達です。
また、扉ページを飾る車やバイクなどのマシンまでも、異常に可愛い。キャラの頭身に合った丸みを帯びたデザインは、子供のマシン心を的確に刺戟してくれました。
それは『DRAGON BALL』になっても進化し、どんどんステキデザインなマシンが登場し。グッドデザイン&発明の権化ですね、カプセルコーポレーションは。さすがはブリーフ博士! 欲しいぜ、ホイポイカプセル!
そう、アタシもアナタもカプセルコーポレーション世代。
少し前に村田蓮爾のイラストが注目されたときがありましたが、その根っこにはアラレちゃんとカプセルコーポレーションの影響が少なからずあったと思います。
丸みを帯びた可愛い少女達とデザイン美なマシンの融合。それは元をただせばアラレちゃんではありませんか。こりゃ、受けないはずがありません。
今後、作者がこのような大型連載を持つことはきっとないでしょうが、アタシ達はその痕跡を幾度となく目撃するでしょう。みんなの心の中に鳥山イズムが宿っているのですから。
だからどうか、素晴らしいメガネカップル漫画も目撃させてください!
……どうでしょ。鳥山明の影響を受けた漫画は数多あると思いますが、アラレちゃんとオボッチャマンくんのような、麗しきメガネカップルの漫画というのは、どうにも見当たりません。
世はメガネブームだというのに何たることか。もっとメガネを! メガネtoメガネを!
……アタシが不勉強なだけ? 市場には隠れたメガネカップルが生息しているの?
お願いです。めんこいメガネカップルの漫画がございましたら、是非ともゆすらまでお教え下さい。喜び勇んで本屋へ駆け込みます。
アタシもアナタも、きっとメガネ部。1・2・3、メガネ!
第2回 萬國驚天掌10連発!『DRAGON BALL』
2回目は『DRAGON BALL』です。うーん、前回といい大作ばかり取り上げて大丈夫なんでしょうか。ま、たいしたことは語れないので気にしない気にしない。サクサクいきましょう。

世界的産業にまでなっちゃった大作です。人ひとりのために道路が敷かれたとまで伝えられる漫画。アタシが5歳のときに連載が始まり、16歳の年に最終回を迎えました。
ずっと読み続けていましたが、とくに小学生時代は『ジャンプ』の発売される月曜日(アタシの地区はそうでした)が世界のはじまりであり、アニメの放送される水曜日が世界の中心でした。きっと全国の小学生が同じ世界の中で生きていたことでしょう。「つらくてもドラゴンボールがあるから生きていこう」ズバリ、心の支えでした。
「努力・友情・勝利」を叩き込まれ、味わったことのない驚きと興奮の連続! この作品とともに少年期を過ごせたことを心の底から感謝します!
今回は、そんな『DRAGON BALL』で受けたさまざまな衝撃から、よりすぐりの10コを物語順に回想していきたいと思います。
名づけて《アタシ的、萬國驚天掌10連発!》 嗚呼、あの感動をもう一度。そうさ、今こそアドベンチャ〜♪
(巻数はジャンプコミックスのものです)
其之壱 「かめはめ波最大出力」でぶっとばされる月(5巻)
はじめての天下一武道会で、亀仙人扮するジャッキー・チュンが、大猿に化けた悟空を元に戻すため満月を吹き飛ばしてしまいました。それはさすがにヤリスギだと子供心に思ったのを覚えています。
大人になって読み返してみると、やっぱりヤリスギです。この頃はまだ『Dr.スランプ』の世界を引きずっていましたから、月をぶっ飛ばすのも致し方ないかもしれません。また、そんなヤリスギで読者を圧倒させるのが少年漫画。パワーのインフレが起こる一因でもあるわけですが、興奮を半減させるわけにもいきませんでした。でも、この時点で月はチョット……。
其之弐 「仙豆」登場(8巻)
ちょっとビックリとは違いますが、仙豆の登場は画期的でした。受けたダメージが帳消しされるありがたい豆。滅茶苦茶テレビゲーム的アイテムです。
サイヤ人編に入るとキャラの強さが数値化され、バトル漫画として画期的だったとよく言われていますね。RPGのHP(ヒットポイント)化です。仙豆は『DRAGON BALL』におけるゲーム化の発端でした。
はじめは夢をかなえる摩訶不思議な宝として存在していたドラゴンボールも、物語の後半では、いかにうまく生き返らせるかという高等魔法に変身。ベホマとザオリクですね。みごとにドラクエ。新鮮な融合でした。
其之参 初・クリリン死亡(12巻)
2回目の天下一武道会が幕を閉じ、敵だった天津飯とも打ち解けて大団円な雰囲気で起こった、まさかの惨劇。熱い闘いを終えて安堵していた幼い読者たちは、恐怖のどん底へと突き落とされました。ピッコロ大魔王編の衝撃的な導入部です。
この落差が見事すぎる!!! 改めて読んでも展開が神。鳥肌もんです。これを起点に、物語は「ペンギン村」的雰囲気から隔絶されました。まさかこんなシリアスな展開になるなんて当時は思いもしなかったのに。
其之肆 悟空、身長が伸びる(14巻)
3回目の天下一武道会出場のため、3年ぶりに皆が再会します。なんとチビっ子だった悟空が青年の頭身に大変身! ぶったまげました。奇抜な髪形はそのままに等身だけが伸びたので違和感アリまくり。「こんなの悟空じゃない!」と激しく戸惑いました。
が、次の週ではすっかり見慣れて物語に没入。漫画がすごいのか子供の順応力がすごいのか、ふしぎですねー。
其之伍 ピッコロの攻撃が悟空の胸を貫通(16巻)
悟空vsマジュニアの超山場。悟空の勝利を誰もが確信した瞬間での出来事でした。
相変わらず物語の運びが神。この頃は仙豆で回復したりドラゴンボールで生き返ったりが頻繁ではありませんでしたから「ギャー! 悟空が死ぬー!」と、そりゃもうパニックです。最も心臓に悪かった回として胸に刻まれています(結局、仙豆で治りましたが)。
其之陸 サイヤ人編突入(17巻)
悟空に子供ができてたこともビックリですが、もう宇宙人だとか兄だとか地球を支配だとか、めくるめく真実の連発にドキドキしっぱなし。アドレナリン大放出。ピッコロ大魔王編に入るときと同じ、「新しいことがはじまってる!」というトキメキでイッパイでした。こんなドキドキ、久しく味わってませんねー。
其之漆 「き…きさまといた数か月……わ…わるく…なかったぜ……」(19巻)
ピッコロさぁ〜〜ん!!!・゚・(ノД`)・゚・。
其之捌 初・超サイヤ人(27巻)
0回でも言ったとおりですね。まさかスーパーの状態というのが「逆毛ベタなし」とは思いませんでした。単純なのにすごい発想、表現力。
と思ったら、ランチさんのときにすでにやってました。
其之玖 トランクスがブルマとベジータの子(28巻)
これは……これは乙女心に大打撃でした。
少年漫画に熱中しているといえど、当時のアタシは初潮が来るか来ないかという少女です。『ジャンプ』と同じく『りぼん』も欠かさず買っていました。漫画のカップルが別れることなどない。それが法則であり絶対だったのです。
なのに、まさかのヤムチャとの破局! よりによってベジータと! あのベジータ! しかも子! 子! いきなり子ぉぉ!
……正直、『DRAGON BALL』史上最大の驚天です。友情は重要だけど愛情は別。それがこの物語と作者のスタンスであることを身をもって知りました。そのサバサバしたとこがイイとこでもあるんですけど……はぁ〜。
今だにヘタレだの弱虫だのかませ犬だのと、ファンの間で汚名をほしいままにしているヤムチャですが、その不幸は今にはじまったことではありません。終始一貫して不憫な子でした。
クリリンより先に登場し、戦士の中で最古のキャラ。言ってみればオリジナルメンバーです。
1巻で彼は「はっきりいって オレは結婚というのにあこがれている!!」と宣言します。
そして苦手な女を克服し、はれてブルマとの交際がはじまったのです。ほほえましい恋愛模様じゃありませんか。なのに、28巻にしていきなり破局を予言! 未来からの使者にわざわざ! いったい彼が何をしたというのですか、神よ。
……かくしてふたりは別れ、トランクスがデキちゃいました。これまでの歳月は一体……。
『DRAGON BALL』はさまざまな夢と希望を与えてくれました。努力の果てに勝利があることも教えてくれました。なのに、1巻からとなえてるヤムチャのささやかな夢は叶えてくれないという有様。なんて酷な仕打ちでしょう。
叶わぬ夢もあるさ……。そんなメッセージが、この事柄から透けて見えてきました。本当に学ぶものの多い漫画ですね。人生の教科書です。やはりヘタレはダメか。
作者自身が嫌っていたということもあり、ラブロマンスが一切ない『DRAGON BALL』でしたが、恋愛の扱いが拙かったわけではありません。むしろ、女性像はかなり現実に則して描かれていたと思います。
長年付き合っていても別れるときは別れるというブルマの行動もそうですが、ベタぼれで押しかけ女房になっても、子供ができれば教育ママなチチもリアルに感じました。宇宙船の中で散らかし放題、男がいるのに下着姿でうろつくブルマなんて、作者の家では嫁がパンツでうろついているのではないかと邪推してしまうぐらい真に迫った描写。女に対する幻想がなさすぎです。
ブルマの髪形と服装が登場ごとに違うのも少年漫画では珍しかったです。ふつう、男性作家がそこまで女性キャラの造詣に気を使えるものではありません。
ラブロマンスはあえて描かれませんでしたが、鳥山明はバトルだけでなく、女性の表現もピカ一の漫画家でした。さすがですね。ミもフタもないピカ一でしたが。
……おっと、脱線がすぎました。ではでは10連発のラストいってみましょー。
其之拾 超サイヤ人3登場(40巻)
ラストはビックリ!というよりズコーーッ!な衝撃でした。
超サイヤ人が生まれフリーザ編が終わっても、人造人間が現れセルが現れと、物語はなかなか終結しません。超サイヤ人3の登場は、パワーバランスのインフレに継ぐインフレで、ついに臨界点を突破、飽和してしまったんだと描かれたような瞬間でした。
小学生だったアタシも、いつの間にか高校生に。「有終の美を飾ることも許されないのか」と、大人の裏事情がうっすらわかる年頃となっていました。悲しいことです。
老界王神が「隠された力を限界以上に引き出すことができる」と告白したとき、悟空が「わりとよくきく能力じゃねぇか」と肩透かしをくらっていたのも印象的でした。
作者が「ありとあらゆるベストな展開は描き尽くしたんだ、これ以上は何をやっても劣化した焼き直しにすぎないんだよ」と、諦観まじりに訴えているように聞こえたもんです。
こうして間もなく『DRAGON BALL』は最終回を迎え、10年に及んだ物語に終止符が打たれたのです。
たしかに興奮は薄れ、終盤では往年の勢いを失っていたかもしれません。しかし、どの回もハズレはなく、第一線の人気を保ったまま幕を閉じたのは事実。誰にも成しとげない偉業を『DRAGON BALL』はやってのけたのです。あらためて感謝! ありがとう!
――以上がアタシの《萬國驚天掌10連発》でした。みなさんの10連発と比べてどうでしょう。だいたい同じですよね。え、ぜんぜん違う? よければ、アナタの驚天掌話も教えてください。いくつになっても、過去に熱中した漫画やアニメの話は盛り上がるものです。30歳になっても40歳になっても、つかもうぜ! ドラゴンボール!

世界的産業にまでなっちゃった大作です。人ひとりのために道路が敷かれたとまで伝えられる漫画。アタシが5歳のときに連載が始まり、16歳の年に最終回を迎えました。
ずっと読み続けていましたが、とくに小学生時代は『ジャンプ』の発売される月曜日(アタシの地区はそうでした)が世界のはじまりであり、アニメの放送される水曜日が世界の中心でした。きっと全国の小学生が同じ世界の中で生きていたことでしょう。「つらくてもドラゴンボールがあるから生きていこう」ズバリ、心の支えでした。
「努力・友情・勝利」を叩き込まれ、味わったことのない驚きと興奮の連続! この作品とともに少年期を過ごせたことを心の底から感謝します!
今回は、そんな『DRAGON BALL』で受けたさまざまな衝撃から、よりすぐりの10コを物語順に回想していきたいと思います。
名づけて《アタシ的、萬國驚天掌10連発!》 嗚呼、あの感動をもう一度。そうさ、今こそアドベンチャ〜♪
(巻数はジャンプコミックスのものです)
其之壱 「かめはめ波最大出力」でぶっとばされる月(5巻)
はじめての天下一武道会で、亀仙人扮するジャッキー・チュンが、大猿に化けた悟空を元に戻すため満月を吹き飛ばしてしまいました。それはさすがにヤリスギだと子供心に思ったのを覚えています。
大人になって読み返してみると、やっぱりヤリスギです。この頃はまだ『Dr.スランプ』の世界を引きずっていましたから、月をぶっ飛ばすのも致し方ないかもしれません。また、そんなヤリスギで読者を圧倒させるのが少年漫画。パワーのインフレが起こる一因でもあるわけですが、興奮を半減させるわけにもいきませんでした。でも、この時点で月はチョット……。
其之弐 「仙豆」登場(8巻)
ちょっとビックリとは違いますが、仙豆の登場は画期的でした。受けたダメージが帳消しされるありがたい豆。滅茶苦茶テレビゲーム的アイテムです。
サイヤ人編に入るとキャラの強さが数値化され、バトル漫画として画期的だったとよく言われていますね。RPGのHP(ヒットポイント)化です。仙豆は『DRAGON BALL』におけるゲーム化の発端でした。
はじめは夢をかなえる摩訶不思議な宝として存在していたドラゴンボールも、物語の後半では、いかにうまく生き返らせるかという高等魔法に変身。ベホマとザオリクですね。みごとにドラクエ。新鮮な融合でした。
其之参 初・クリリン死亡(12巻)
2回目の天下一武道会が幕を閉じ、敵だった天津飯とも打ち解けて大団円な雰囲気で起こった、まさかの惨劇。熱い闘いを終えて安堵していた幼い読者たちは、恐怖のどん底へと突き落とされました。ピッコロ大魔王編の衝撃的な導入部です。
この落差が見事すぎる!!! 改めて読んでも展開が神。鳥肌もんです。これを起点に、物語は「ペンギン村」的雰囲気から隔絶されました。まさかこんなシリアスな展開になるなんて当時は思いもしなかったのに。
其之肆 悟空、身長が伸びる(14巻)
3回目の天下一武道会出場のため、3年ぶりに皆が再会します。なんとチビっ子だった悟空が青年の頭身に大変身! ぶったまげました。奇抜な髪形はそのままに等身だけが伸びたので違和感アリまくり。「こんなの悟空じゃない!」と激しく戸惑いました。
が、次の週ではすっかり見慣れて物語に没入。漫画がすごいのか子供の順応力がすごいのか、ふしぎですねー。
其之伍 ピッコロの攻撃が悟空の胸を貫通(16巻)
悟空vsマジュニアの超山場。悟空の勝利を誰もが確信した瞬間での出来事でした。
相変わらず物語の運びが神。この頃は仙豆で回復したりドラゴンボールで生き返ったりが頻繁ではありませんでしたから「ギャー! 悟空が死ぬー!」と、そりゃもうパニックです。最も心臓に悪かった回として胸に刻まれています(結局、仙豆で治りましたが)。
其之陸 サイヤ人編突入(17巻)
悟空に子供ができてたこともビックリですが、もう宇宙人だとか兄だとか地球を支配だとか、めくるめく真実の連発にドキドキしっぱなし。アドレナリン大放出。ピッコロ大魔王編に入るときと同じ、「新しいことがはじまってる!」というトキメキでイッパイでした。こんなドキドキ、久しく味わってませんねー。
其之漆 「き…きさまといた数か月……わ…わるく…なかったぜ……」(19巻)
ピッコロさぁ〜〜ん!!!・゚・(ノД`)・゚・。
其之捌 初・超サイヤ人(27巻)
0回でも言ったとおりですね。まさかスーパーの状態というのが「逆毛ベタなし」とは思いませんでした。単純なのにすごい発想、表現力。
と思ったら、ランチさんのときにすでにやってました。
其之玖 トランクスがブルマとベジータの子(28巻)
これは……これは乙女心に大打撃でした。
少年漫画に熱中しているといえど、当時のアタシは初潮が来るか来ないかという少女です。『ジャンプ』と同じく『りぼん』も欠かさず買っていました。漫画のカップルが別れることなどない。それが法則であり絶対だったのです。
なのに、まさかのヤムチャとの破局! よりによってベジータと! あのベジータ! しかも子! 子! いきなり子ぉぉ!
……正直、『DRAGON BALL』史上最大の驚天です。友情は重要だけど愛情は別。それがこの物語と作者のスタンスであることを身をもって知りました。そのサバサバしたとこがイイとこでもあるんですけど……はぁ〜。
今だにヘタレだの弱虫だのかませ犬だのと、ファンの間で汚名をほしいままにしているヤムチャですが、その不幸は今にはじまったことではありません。終始一貫して不憫な子でした。
クリリンより先に登場し、戦士の中で最古のキャラ。言ってみればオリジナルメンバーです。
1巻で彼は「はっきりいって オレは結婚というのにあこがれている!!」と宣言します。
そして苦手な女を克服し、はれてブルマとの交際がはじまったのです。ほほえましい恋愛模様じゃありませんか。なのに、28巻にしていきなり破局を予言! 未来からの使者にわざわざ! いったい彼が何をしたというのですか、神よ。
……かくしてふたりは別れ、トランクスがデキちゃいました。これまでの歳月は一体……。
『DRAGON BALL』はさまざまな夢と希望を与えてくれました。努力の果てに勝利があることも教えてくれました。なのに、1巻からとなえてるヤムチャのささやかな夢は叶えてくれないという有様。なんて酷な仕打ちでしょう。
叶わぬ夢もあるさ……。そんなメッセージが、この事柄から透けて見えてきました。本当に学ぶものの多い漫画ですね。人生の教科書です。やはりヘタレはダメか。
作者自身が嫌っていたということもあり、ラブロマンスが一切ない『DRAGON BALL』でしたが、恋愛の扱いが拙かったわけではありません。むしろ、女性像はかなり現実に則して描かれていたと思います。
長年付き合っていても別れるときは別れるというブルマの行動もそうですが、ベタぼれで押しかけ女房になっても、子供ができれば教育ママなチチもリアルに感じました。宇宙船の中で散らかし放題、男がいるのに下着姿でうろつくブルマなんて、作者の家では嫁がパンツでうろついているのではないかと邪推してしまうぐらい真に迫った描写。女に対する幻想がなさすぎです。
ブルマの髪形と服装が登場ごとに違うのも少年漫画では珍しかったです。ふつう、男性作家がそこまで女性キャラの造詣に気を使えるものではありません。
ラブロマンスはあえて描かれませんでしたが、鳥山明はバトルだけでなく、女性の表現もピカ一の漫画家でした。さすがですね。ミもフタもないピカ一でしたが。
……おっと、脱線がすぎました。ではでは10連発のラストいってみましょー。
其之拾 超サイヤ人3登場(40巻)
ラストはビックリ!というよりズコーーッ!な衝撃でした。
超サイヤ人が生まれフリーザ編が終わっても、人造人間が現れセルが現れと、物語はなかなか終結しません。超サイヤ人3の登場は、パワーバランスのインフレに継ぐインフレで、ついに臨界点を突破、飽和してしまったんだと描かれたような瞬間でした。
小学生だったアタシも、いつの間にか高校生に。「有終の美を飾ることも許されないのか」と、大人の裏事情がうっすらわかる年頃となっていました。悲しいことです。
老界王神が「隠された力を限界以上に引き出すことができる」と告白したとき、悟空が「わりとよくきく能力じゃねぇか」と肩透かしをくらっていたのも印象的でした。
作者が「ありとあらゆるベストな展開は描き尽くしたんだ、これ以上は何をやっても劣化した焼き直しにすぎないんだよ」と、諦観まじりに訴えているように聞こえたもんです。
こうして間もなく『DRAGON BALL』は最終回を迎え、10年に及んだ物語に終止符が打たれたのです。
たしかに興奮は薄れ、終盤では往年の勢いを失っていたかもしれません。しかし、どの回もハズレはなく、第一線の人気を保ったまま幕を閉じたのは事実。誰にも成しとげない偉業を『DRAGON BALL』はやってのけたのです。あらためて感謝! ありがとう!
――以上がアタシの《萬國驚天掌10連発》でした。みなさんの10連発と比べてどうでしょう。だいたい同じですよね。え、ぜんぜん違う? よければ、アナタの驚天掌話も教えてください。いくつになっても、過去に熱中した漫画やアニメの話は盛り上がるものです。30歳になっても40歳になっても、つかもうぜ! ドラゴンボール!