第13回 まさに外道!!!『地獄甲子園』

あなたが最も笑ったギャグ漫画は何ですか?

我を忘れ、涙が出るほど爆笑した作品のことを、人は死ぬまで忘れません。願わくば棺桶まで持っていきたい……天国でグワシ!!

ギャグは流行りすたりが激しく、月日が経つと笑えなかったりするもんですが、誰にでも必ずひとつは「いつでも笑える」という鉄板作品があるものです。

ということで、今回から3回に渡り、アタシの人生に多大な影響を及ぼしたゆすら的3大ギャグ漫画について語っちゃおーと思います。またチョッチ古い漫画になる予感大。
しばしの間、アタシのギャグマンガ日和にお付き合いくださいませませ。

第1作目はドドーン、『地獄甲子園』



我らが漫☆画太郎先生の、熱闘甲子園ド根性ホームラン漫画……っぽい、破壊漫画です(もう☆の中にFとか$とか\とか、どうでもええわ)。
数々の迷作を生み続けている作者ですが、アタシはこの『地獄甲子園』が一番好き。ジャンプコミックス全3巻というコンパクトさの中に、画太郎の魅力があらんかぎり詰まっていると思います。
画太郎を知りたいなら、まずは『地獄甲子園』へ。アタシの中のマニュアルです。

今回はそんな破天荒な画太郎のテクニックと名場面の数々を、『地獄甲子園』のストーリー順に挙げてみようではありませんか。
覚悟はよろしいですか? では、《地獄野球の延長13回裏》まで、プレイボール!


1回裏 コピー(全巻)

コピーは画太郎漫画に欠かせない定番技です。
もう、原稿料の支払いはどうなっているのかと気になるほどの乱発っぷり。つぎはぎだらけのページは、さながらボロ雑巾でできたパッチワークです。

『地獄』では、はじめの強敵番長が、主人公である十兵衛に向かってボールを連投するシーンが最も強烈です。まったく同じページが4ページも続きます。こんなのを許せるのが集英社のふところの深さなのか。個人的には30ページくらい続いて欲しかったですけどね。

アタシは昔からリピートネタに弱いんですよ。
レコードの針飛びがまず大好物で、ブツブツ途切れながら繰り返し流れるフレーズを何時間でも聴きこんじゃう。マリオでいうなら無限ループ。劇団でいうなら少年王者舘。ユーミンでいうなら「リフレインが叫んでる」。あー、α波出ますわ。


2回裏 パクリ(全巻)

これまた画太郎を語る上では避けられないネタ。
『地獄』はそれほど目立ってありませんが、『珍遊記』でのパクリは、あまりの豪快さに面食らいましたよ。
フリーザ人気はあれで拍車が掛かったと思っています。


3回裏 死(全巻)

まー、よく人が死にます。どれもこれも悲惨な死に方で。
頻繁に見るのが、死に際の者を抱きかかえ、ガクリと事切れた瞬間に名を叫び号泣するコマ。古来からドラマなどで見かける感動シーンのパロディですね。
これが単純ながらオモロイ。いつ見ても笑っちゃう鉄板ネタです。


4回裏 犬とオヤジの名前決定!!!(2巻)

読者から募集した名前を作中で発表するという参加型企画。
見事「中村泰造」「パンチ」と命名した2名の少年には、プレイステーションとソフトの「パラッパラッパー」が送られる豪華特典付きでした。作品に似つかわしくないハッピーなイベントです。
14歳の少年が応募した名前が、なぜ画太郎の初代担当名なのかは永遠の謎ですが……。


5回裏 泰造パンチ見参!!!!(2巻)

犬とオヤジ、まさかの合体
ここらへんのデタラメさは神懸ってます。


6回裏 まさに外道!!!(2巻)

いまだにNet上で広く使われているセリフですね。
このオチのために「名前募集」、「泰造パンチ」があったのかと考えると、見事な構成力としか言いようがありません。この回のカタルシスは驚異です。


7回裏 あなたはこんな顔で死ねますか?(2巻)

って訊かれても……。


8回裏 第2部はなかったことにして下さい!!の巻(3巻)

その前のタイトル「突然ですが試合前にさかのぼります!!の巻」の時点でもヤバイと思ってましたが、ついにやっちゃいました
こんなちゃぶ台返しを堂々としてみせるのが作者の恐ろしいところ。且つ、男らしいところ

実際、内心「あの描写はなかったことにしたい」と連載中に思っている漫画家はけっこういそうなものです。画太郎の偉業を羨望の目で見る者も多いのではないでしょうか。

コピーといいパクリといい、漫画家の内なる願望を叶えているのが、誰あろう画太郎なのかもしれません。


9回裏 落書き(3巻)

『地獄』の4部は全ページに渡り、下書き同然の描き殴りでつづられています。どんな切羽詰った状況で原稿を上げたのか知りませんが、この頃からジャンプは下書きが好きだったのかもしれないですね。

しかし、そこは画太郎先生。
巨匠のオーラを恐れてか、これに対する苦情はとんと聞きませんでした。さすが、名前にFの字を光らせるだけあります。ていうか、普段描いてるものがあんなんですからね

よく「ヒドイ絵の漫画家」という項目で名を挙げられる作者ですが、実際は滅茶苦茶うまいですよね?
陰影の書き込みは緻密で熱いし、激しい感情の表現は完璧。何より、漫画としてコマの構図、キャラクター造形が的確です。その名の通りの実力保持者だと思ってますよ。


10回裏 おっかけコギャル物語(3巻)

そんな下書きの4部は、野球部を応援する女子高生達を中心としたお話になっています。
このコギャルの再現度がハンパねぇCOWCOWの多田さんレベルです(つまり最高級)。微塵の隙もないセリフ、痛快なテンポ。躍動感あふるる若い生命!
もう、本編を陵駕するくらい大好きなサイドストーリーですよ。

「泣いて馬謖を斬る!?」

そんな故事成語、はじめて知ったわ。


11回裏 なにがなんになるんだ!!!?
     なんになるってなんだ!!?
     なにがなるんだ!!!?
     なるってなんだ!!?
     なるって… なにが…
     なにがって…
     …………
     …………
     …………


     (3巻)



「おちた――――っ!!!!」


12回裏 まさかの夢オチ(3巻)

物語は最高に盛り上がり、これ以上はないクライマックスに登りつめたところで、無残にも打ち切られてしまいました。ラーメン作ったり、オヤジを命名したり、コギャル取り入れたりと、試行錯誤を繰り返したのに……。
そして取ってつけたように、夢オチ

ようやく甲子園球場に現れた十兵衛の活躍(主役なのに2巻分まるまる出てこんかった!)、集まった野球戦士8人の正体(はじめは7人しかみつからなかったのが、最後のコマで何気に8人そろっていたのはうれしかった。その分、よけいに悲しかった)、外道高校との試合の行く末……それらがわからないまま終わってしまったのは残念でなりませんが、作者の連載はそんな最終回が多いので、正直「またかよ」。しゃーないわ。


13回裏 あなたはこんな顔で死ねますか?(3巻)

だから、んなこと訊かれても……。


――いかがでしたでしょう。こんな、ゲロとウンコとバイオレンスの『地獄甲子園』。その魅力が十二分に伝わりましたでしょうか。
……え、何が何やらわからない?
しょうがないですね、では作者の初連載作品『珍遊記 -太郎とゆかいな仲間たち-』にも言及しちゃいましょう。

この漫画はアタシが小学校高学年のときに「週刊少年ジャンプ」にてスタートされました。
当初はふつうに「きたない漫画がはじまったな」ぐらいにしか思ってませんでしたが、太郎がフリーザ様のセリフを丸パクした頃から「ただの下品じゃねぇのか?」と真の姿に気づきだし、じわじわとその魔力に侵されだしていったのです。
一向に進まない本筋、激昂する脱線、行き当たりばったりのグロテスクな展開は多くの子供から激しく拒絶されましたが、一部の子供から絶大な支持を得ていたのも事実。

しかし、回を重ねるにつれ、作品をおおう邪気は膨れ上がり……



狂ってる。いや正味の話、この頃の作者はチト狂ってました。
こんなイっちゃった目の老婆が、理不尽なことを絶叫しながら子供を殴打しまくる。そんな話が、みんなのバイブル「ジャンプ」に何週も掲載されてたんですよ。
集英社は人の情操教育をなんだと思ってるんだ? 人格を形成する上で重要な児童期に、このような地獄絵図を毎週読まされて……まったく、ジャンプ様には感謝してもしきれない思いですよ、ええ。


電気グルーヴの特別出演など、様々な伝説を打ち立てた『珍遊記』でしたが、1年余りの奮闘の末、打ち切り
次にはじまったのが『まんゆうき〜ばばあとあわれなげぼくたち〜』でした。「ちん」とくれば「まん」。無邪気なネーミングセンスですね。

また同じような話かとタカをくくっていたら、そこには画太郎漫画にあるはずのないものが描かれていました。



主人公、娘々(にゃんにゃん)。可愛さが異常すぎる。

これまでとのギャップに読者は仰天、全国に激震が走り「路線変更!?」「アシスタントが描いてるのか?」と様々な憶測が飛び交いました。が、内容はいつもどおりでした

どうやらこのキャラは作者が10年前に作ったもので、かつて持っていた純粋な創作精神のあらわれ、本来描くはずだった正当・伝奇物語の残滓だったようです。
そもそも、画太郎のデビューは「ジブリの採用試験に落ちた腹いせに描いて送ったら『GAGキング』受賞しちゃった」というハプニング的なもので、言われてみればたしかに娘々を筆頭、いくつかのキャラにジブリの影響を感じとることができます。あまりにも汚れすぎてて、錯覚かと見まがいますけど。

ジブリに憧れていた青年が試験に落とされただけで、このような怪作が世に産み落とされるのですから、宮崎駿のカリスマ性は計り知れないですね。画太郎の存在もまた、ジブリの功績のひとつ。

しかし、作者に残された最後の良心、娘々の物語も短命に終わります。やがて舞台は「月刊少年ジャンプ」に移され、禍々しい『地獄甲子園』の産声があがるのでした――


……と、気づいたら画太郎3部作についてとっぷり語ってしまいましたね。画太郎パワー、おそるべしです。

その後も、『ブスの瞳に恋してる』『珍入社員金太郎』と、数々の迷作を書き続けてきた作者。ギャグ漫画家は短命という定説をくつがえし、狂った精神を維持したまま第一線で戦い続けているのは、まさに奇跡ですね。
10年以上もくそまんを届けてくれて、ありがとう……。今後も、先生の偉業から目が離せませんよ。


では、最後は「師匠の萬々に番犬させられてる弟子の娘々❤ฺ」の図でカワイク締めましょうか。画太郎は萌えっ子も 鉄 板 だ !



番外アニメ編『クリィミーマミ』と『メモル』

今回は閑話休題、ふたたびアニメ話です。

YAHOO動画『魔法のプリンセスミンキーモモ』が配信され尽くしてしまい、新たな魔法少女を渇望していたアタシに『魔法の天使クリィミーマミ』のスタートは目から汗が飛び出る吉報でした。



やはり、絵が飛びぬけてキャワユイ『うる星やつら』テイストの絵柄と声優さんもあって、あの頃安心して楽しめたんですよね。同じ制作会社だから当然なんですけど。

ナースや婦警や探偵と、さまざまな職業に変身していたモモと違い、マミはいつも歌ってばかりでワンパターンといえばワンパターンでしたが、頭上にゆらゆら揺れる3本のアホ毛には衝撃。少女のハートを狙い撃ちでしたよ。
アニメオタクとアイドルオタクの夢を乗せて揺れるアホ毛。
今日でもアホ毛は萌えキャラに欠かせないマスト属性となっていますが、どの子を見てもたいがい1本。3本はなかなかお目にかかれない代物なんですよねぇ。オバQぐらいか。

YAHOO動画さん、『マミ』が終わったら次はどうか『ペルシャ』をお願いします。あと『マジカルエミ』『パステルユーミ』も。魔女っ子を、永久に……。


もひとつうれしい配信がありました。
『とんがり帽子のメモル』です(無料配信は1話のみですが)。



これもハマりましたよ。
たのむからうちにも来てくれ妖精さん!(メモルはリルル星人ですけど)
猛烈にそう願い、持っていた『おまじないの本』の「妖精に会うおまじない」という術を実行。いつも窓を少しだけ開けて、メモルが迷い込んでくるのを待ち侘びておりました。純粋ってコワイ。ああ、今考えたらとんでもねぇ詐欺商法だわ。


ほかにも『北斗の拳』や、BIGLOBEの『ハイスクール!奇面組』など、相変わらず懐かしのアニメを見まくってる今日この頃。
あの頃のアニメにはたしかに、今のアニメにないパワーがあった……。あのパワーはどこから来て、どこへ去ってしまったのだろう。そう、夜空に問いかけずにはいられませぬ。

視聴できるみなさまは是非是非。
ジャンプヒーローはもちろん、愛らしい少女たちに時を経て心奪われてしまいます。脳みそ、くすぐっちゃうよ!(それは『夢のクレヨン王国』)

第12回 白と黒のジオメトリ『ヘブン…』


『このマンガがすごい!2007』オンナ版の31位
『ヘブン…』

20位以下ということでほとんど触れられず、巻末の「私のBEST6」で2人のマンガ読みが上げているだけでしたが、これは必読もんですよ。
その昔、漫画のコマふきだしを物体の一部として、ぶつけたり破ったりとキャラクター同様に描いていたのは、漫画の神様であられる手塚治虫でした。それはまるでコマが紙の上で踊っているように賑やかで楽しい遊戯でした。
以降は『奇面組』『Dr.スランプ』などで、それらのバリエーションをよく見ましたね。
神様さえも

気になさらない

とるにたらない

ちいさな

2人
このユニークな技法は漫画特有のもので好きだったんですが、なぜか最近はとんと見かけなくなりました。紙の上でのメタお遊びはやり尽くされたということなのでしょうか。コマもふきだしも、忠実に役割を果たすだけの記号となって久しい昨今です。
鈴木志保の漫画は、その技法をスタイリッシュに進化させた最高峰です。ページをめくれば、そこは絵画。線と文字の幾何学模様。0.1mmのズレも許さない孤高のライン。とにかくスッゲーかっくいい! はじめて見たときベックラこきましたよ。コマとふきだしに積った雪の美しさといったら!
嗚呼しかし、これを言葉で表現するのはなんと難しいことか。とにかく単行本を開いてくれ! 叩いてくれ! あけるべきドア。
こいつは一体どうやって描いてるんでしょうね? すべて定規と雲形定規で?
手癖がまったく見えない、超絶な描写ですよ。
物語の方も線と同じく超繊細。こにゃこに、かえるに、にゃんぽぽたち。人間が見落としてきたちいちゃきものの視点があたたかい聖母の手で綴られています。
その昔CLAMPが好きで、なんか『CLOVER』って漫画に似てるなーと思って調べたら、どうやらCLAMPが鈴木志保の『船を建てる』に影響を受けて描いたのが正解なようだ。10年経て知る真実。 同じく2006年に発売された自選作品集『END&』の「END&」「ロータス1-2-3」「たんぽぽ1-2-3」もオススメです。平沢進の「Lotus」をBGMに!
その『船を建てる』は残念ながら未読。夫が持ってたらしいけど、とっくに手放してしまったそうな。もう入手困難じゃないかよー、あ〜。 ねえ覚えてる?

手足が生えてきた時のこと

第11回 ブリキの箱庭『虹ヶ原ホログラフ』

今回は『このマンガがすごい!2007』のオトコ版20位、『虹ヶ原ホログラフ』です。

「新世紀黙示録」という大層なコピーに惹かれながら「えらい大袈裟やな、ほんまかいな」といぶかり購入したのですが……噂はほんまでした
軽い気持ちで侵入したら見る間に底なし沼へ。パンドラの奈落へ落ちてしまいまいた。

たった1冊で、世界が完成されている!
スケールと密度が半端ありません。ページの造りから構成から完璧すぎて、踏み込んだが最後、一気にラストまで駆け抜けてしまいました。なおかつ、いやがおうでも読み返し。何周も外周走らされてる感じです。
「虹ヶ原」という魔界から抜け出せない……そんな魅力をもった物語。



主人公は眼鏡の少年、鈴木アマヒコ
東京の小学校でいじめに遭い、虹ヶ原の小学校へと転校してきます。
ところが、出てくるアマヒコは小学生の姿ばかりではありません。幼児のアマヒコ、青年のアマヒコ、老人のアマヒコと、様々なアマヒコが現れ世界を目撃していきます。そんなアマヒコの一生を追ったのが、この『虹ヶ原ホログラフ』なのです……と言えばわかりやすいですが、事はそう単純ではありませんでした。
少年アマヒコと老人アマヒコが病院で、青年アマヒコと少年アマヒコが橋の上で、老人アマヒコと青年アマヒコも病院で……などなど、ひとつの時間軸でアマヒコとアマヒコは何度も出会い、会話を交わすのです。多発ドッペルゲンガー現象!

それはまるで、無造作に置かれた4連バングルの接点を抽出したような感じですかね。
ただの輪廻で世界を閉じてくれない。これが、作品を「難解」と言わしめてる所以でもあります。



また、視点はアマヒコだけでなく、別の人物へも移転します。

クラスのヒエラルキーでトップに立っていたいじめっ子、小松崎航太
勃発した下克上で下層へ堕ちてしまい、影の薄くなった彼は次第に街を支配するに魅入られていきます。
増殖する蝶とともにアマヒコの前に神出鬼没し、予言めいたことを告げる水先案内人へと。

荒川マキは、小学生のときから小松崎に好意を抱いていた少女です。
のちにバイト先の店長に殺されかけたところを小松崎に助けられ、アチラの世界へ片足を突っ込みます。
二度、有江を憎む女。蝶を敵視する女です。

そして木村有江。世界の終わる物語を説く少女。
彼女の不幸は際限なく、親しくしていたお兄さんには強姦され、家では父に性的対象にされ、小学校ではいじめられ、トンネルに落とされて11年間眠り続けることになります。
みんなの偉大な眠り姫であり、あらゆる罪を許す菩薩。世界の支柱です。


音もなくはためいては増え、すべてを見下ろしています。万物の母であり、実際に

――うん、見事に話の見えてこない人物紹介ですね。

他数名を含め、登場人物全員が全員と接触し、時を経て影響し合って、場面は紡がれます。
彼らを結びつけているのが、いくつもの。いじめ、暴行、暴力、虐待、殺人。これでもかというほど痛々しい要素てんこもりです。まるで「人は痛みによってでしか現実を認知できないのだ」とでも言いたげ。とんだ残酷絵巻の呈であります。



黙示録と称されてますが、メッセージはありません。
メッセージっぽいキャッチーな台詞はいくつか出てきますが、言葉を受け取るべき漫画ではないのです。「難解だ」と頭を抱える必要もナッシング。ただ、アタシたちはこの丁寧に織られた糸の波に絡めとられてしまえばいい。蝶にまかれてしまえばいい。
人物でなく物語でなく言葉でなく、世界に圧倒される漫画。それがこの『虹ヶ原ホログラフ』。

また、複雑怪奇な構造に気をとられがちですが、「子供」を描いた作品としても最高級の品質を持っています。

 先生が僕に言った 「がんばろう」は
 下手にがんばらないように がんばることで
 果たされている。

 生真面目な 学級委員の女の子は、
 先週から 給食の班にしたとき、
 ひとりだけわずかに すき間ができていること
 気付いているだろうか

 …でも 仕方ないのか。
 大人と子供じゃ 住んでいる世界が 違うんだから。


子供心を知ったかぶりで描いているのではないのが、よーくわかります。これは作者自身が若いためになし得たことかもしれませんね。



この作品を評するときに、浦沢直樹『MONSTER』『20世紀少年』を引き合い出す方がいますが、たしかに似た空気を持っています。それらが好きな人は、どうぞ虹ヶ原にもおいでやす。
読み返す度に「アッ!」と感嘆することも必至。感嘆の連続でたまりませんよ。読者もまた、幾度となく虹ヶ原を訪れることになるのです。アマヒコとともに。

第10回 静謐な中に響く『アンダーカレント』

『このマンガがすごい!』を買ったのは2007年度版がはじめてですが、大変ありがたい本ですね。
年を取るにつれ、好きな作家の漫画ばかり手に取りがちな今日この頃。存在を知らないまま一生を終えるとこだったスゴイ漫画たちと出会うチャンスを拾えるのは大きいです。情報に頼って散策を怠るのはいけませんけどね。

膨大な作品郡から「ピン」とくる紹介文、ひっかかる言葉に賭けて単行本を購入。「やっぱり良かった! 買って正解!」のときの感動といったら。

というわけで、これから3回に渡り『このマンガがすごい!』2007年度版で取り上げられ、個人的にヒットした作品を語っていきたいと思います。どうかお付き合いを。
まず1コ目は……



オトコ版、第19位の『アンダーカレント』

銭湯「月乃湯」を夫婦で経営していた関口かなえ。2ヶ月前に夫が忽然と失踪してしまい、原因も手がかりもつかめないまま、休業していた銭湯を再開するところから物語は始まります。
家族がいなくなっても生活は続く。悲しくても生きていかなければならない。働かなければ、食べなければ。そんな静かな絶望が、丁寧に綴られていきます。

同名のジャズの名盤、洋画、UA主演の銭湯を舞台にした邦画『水の女』など、さまざまな作品を取り入れながら描かれた漫画のようです。いろんな小ネタがおいしいんですよ、落語のオチがあったりとか。
アタシはまず、こなみ詔子の漫画『タイルの水』を彷彿としました。浴槽に張られた水と、冷たいタイル、全体に漂うかすかな死のかおり。それらがとても似ていて懐かしかったのです。ここら辺でガッチリつかまれましたね、ハート。

夫を失ったかなえの前には、ふたりの男が現れます。
組合の紹介から住み込みで働くことになった男、堀隆之。友人の掛け合いで、夫を捜索してくれることになった探偵の山崎道夫
銭湯での日々と捜査の進展がゆるやかに交差して描かれ、それこそまるで穏やかな清流のよう。その隙間に繰り返し描写されるのが、かなえの見るです。

「それから その誰かの手が
 私の首をゆっくり やさしくしめていくの
 それで首をしめられたまま 深い水の中に 沈められるんだけれど
 そうされて私は 怖いのか 安らいでいるのか よくわからないのね
 ひとつだけわかってるのは
 それが私が一番 望んでいることだって こと」


不穏の象徴のように、この夢は何度も物語を現実から底流へと沈めます。
その水の流れはやがて、いなくなった夫の行方、夢の謎、堀の正体が明かさるラストへ漂着。大胆な描写や展開はありません。ふわりと水底から水面に浮上してくるように、すべての謎が昇華されるのです。その速度があまりにも自然で心地良くて、泣ける
アタシは登場人物が号泣してたり、心の丈を思う存分叫んでいるような感動ゴリ押しの漫画では泣けないのですが、静かな優しさ、風景に溶け込むような心情を見せられると泣けてしまうんです。これは上品で、大人で、優しい短編でした。
上品さは、雰囲気だけでなくテーマからも醸成されています。

「人をわかるってどういうことですか?」

根底に流れるテーマのうちのひとつです。
4年交際して、さらに4年も結婚生活を送った夫の無言の失踪。事故なのか、事件なのか、自殺なのか、女なのか。

「…… もうね
 いろんな可能性は 考えつくしちゃったの
 でもやっぱり 自分の意思で
 出て行ったとしか 思えないんだよね」

「何がいちばん つらいかって いうとね……
 あたしは彼のこと 実はなんにも わかってなかったの かもしれない
 そう思うのが いちばん つらいんだ」


テレビ朝日の『TVのチカラ』を見るまでもなく、突然姿を消す人は絶えず存在します。長年連れ添った妻が無言で……なんて話は多いですね。残された人が口をそろえて言うのは「どうして出て行ったのかわからない」
どこまで知れば「わかった」ことになるんでしょう? これは重い、答えのない問題です。
アタシも嘘つきな男に多く出会ってきましたので、この主人公の不安は痛いほど伝わってきます。いくつもの嘘に驚き、悲しみ、怒って傷つきましたから……。

「奥さん
 あなたは どうです?
 あなた自身のことは 彼にわかって もらえてたんですか?」


とは、探偵の山崎の言葉。
わかってもらう……わかってもらうって? どどどどうしたらわかってもらえるんですかぁぁっ!! 

ちなみに山崎さんは作中で一番ステキなキャラ。
とぼけた調子でいて、なかなかの切れ者。ビジュアルも良い具合にくたびれててカッコイイんです。



作者の豊田徹也は2003年に「月刊アフタヌーン」で新人賞を受賞し、これがはじめての単行本。ですが、新人らしい絵柄ではありません。
いい意味で古臭い。なんだか80年代。昔の大友克洋。新鮮味はないですが、読者に安心感を与えるのに成功しています。
シリアスなテーマが流れる中、ちょいちょい出てくるサブキャラ達も場を和やかにしてくれます。街を徘徊するサブ爺や、友人の菅野よう子(子供の名前を町蔵にしようとしたという小ネタ付き)。

『アンダーカレント』は、漫画好きでない人でも好きになれそうな漫画です。是非ご一読を。いえ、ご二読をどうぞ。
読み返して「アッ!」と思えるかどうかで、作品の出来は大きく左右されますからね。最後まで気づかなかった伏線に振り返って気づかされるとき、人は「やられたー」と額をピシャリと打ちながらニヤリと笑ってしまいます。この作品も見事にそれが。
堀が下着を盗んだ少年を許す心理とか……深いですよ。どうぞ堪能してくださいませ。

ラストに大団円を迎えるわけでも、事態が好転するわけでもありません。しかし無音の決意が、肌に刺さるような痛々しい現実から読者を救ってくれます。アタシは救われました。

「互いに苦しみを ぶつけ合えばいい!
 傷ついたら泣いて そのことを伝え合えば よい!」
(byサブ爺)

きっと最高の余韻に浸れることでしょう。どっぷりと。

第9回 祝・完結!『痴漢男』

あけましておめでとうございます!
2007年、1発目の「きなこ餅コミック」です。普段は週1も危ういペースなのに、大晦日&元旦という切羽詰った時期に連続更新するとは、一体何事でしょうか。さみしい年の瀬を過ごしているのかと不憫に思われても否定できない!
いえいえ、正月休みこそ更新週間。一度にふたつのことができないアタシには今しかないのです。

そんな頼りない意気込みのゆすら榛梧ですが、本年もどうぞよろしくお願い致します。みなさんの琴線にかすったり空振ったりしながら、ポツリポツリ漫画を紹介できればという所存。何卒、お付き合いの程をば。

去年は当レビューにて8つの漫画をamazon広告と一緒に紹介させていただきましたが、今回取り上げる作品は商業漫画ではありません。
んじゃ同人誌? まさか貸し本漫画? いえ、WEB漫画です。
管理人YOKO氏のイラスト漫画サイト『第四十工房落書き置き場』において更新されていた漫画、『痴漢男』が本日のお題。



VIPの、いや、2chのみんな、聞いてくれ。
先日、ものすごい勢いで痴漢に間違えられた。
ものすごいってのは別にギャグでもなんでもない。マジで瞬きの間に間違えられた。


2004年11月、2ちゃんねるのこの書き込みからはじまった一連の報告、VIPPERへの相談、おふざけ、飽くなき挑戦を漫画化したのが、この作品。
そうです。同年春にスレッドが立ち、爆発的人気となった『電車男』みたいなお話と思ってくれて差し支えありません。ぶっちゃけ、二番煎じ臭がプンプンするタイトルとあらましですね。この触れ込みではかなり期待できません。

が、このWEB漫画はそんなマイナス先入観を見事にぶっ飛ばしてしまいました。
管理人は漫画家志望の20歳の男性。アマチュアとのことですが、半端なく楽しめる実力!
アタシは秋頃にニュースサイト『酔拳の王 だんげの方』さんでその存在を知って以来、約2ページごとにUPされる続きが待ち遠しく、毎晩ハァハァしながらサイトを訪れておりました。この冬、『痴漢男』を日々の糧としていた人がどれだけいたことか!

いやはや、WEBは印刷・配送・購入の段取りを飛ばし、ダイレクトに物語を受け取れるからいいですねぇ。
他者の介入がない分、怠けて更新が滞る人も多いものですが(耳が痛い)、我らが痴漢男は大きく停滞することなく、昨日無事に完結を迎えることができました。ええ、大晦日にです。
アタシは物語の途中で辛抱堪らず、完結を待たずに「まとめサイト」に手を出して結末を見ちゃった不届き者ですが、それでも感動のフィナーレを味わうことができました。
こんなカタルシスをタダで満喫できるなんてスゴイ! なんというサービス精神! そこにしびれる! あこがれるゥ!

そんなお得感たっぷりのこのエンターテインメント。その魅力はズバリ、アマチュアらしさとアマチュアらしからぬ技量の絶妙のバランスにあったと思います。
ルーズリーフにシャーペン(?)で描かれた、あやうい線とセリフ。(当然だけど)頻繁に使われる2ch用語、アスキーアート。そしてジャンルを問わないパロディネタ。
それらは物語を邪魔せず、他の作品にない個性として見事に輝いていました。
元々2chに書き込みを始めた痴漢男自身が、かなりの文章力の持ち主で名ストーリーテラーだったというのもありますが、その巧みな述懐をさらに開花させたのが、漫画制作者のYOKO氏です。

最大の見所は、共感を誘う人物描写でも手に汗握るストーリーでもなく、目に見えて日に日に高まっていった、YOKO氏の尋常ではない漫画力っ!!

「シーン1」と「ラストシーン」を見比べれば、その差は歴然です。
半年の間に、絵とセリフの混在した画面はみるみる整理され、的確な構図と大ゴマを決めまくった画面へと洗練。

はじめの頃は「2chスレの漫画化」という概念が作品にもYOKO氏の頭にもあり、レスの羅列で文字のみのコマが多発していました。漫画としてかなり読みにくい造りです。
が、ある時期から「2ch」という土台を離れ、個々の登場人物に血肉が宿り、純粋な恋愛物語としての姿が大きくなります。漫画だけの脚色も多く挿入されだし、VIPPERのスレはどんどん舞台から消えていきます。

物語や人物が完全にYOKO氏のものとなり、さらにYOKO氏の思惑をも飛び越え、動きだす瞬間。

この進化がたまりらん! 日参していた者は背中ゾクゾク興奮しまくりでしたよ。なんというか、サイヤ人がスーパーサイヤ人になる瞬間を目撃というか、スカウターの数値がドンドン上昇していくのを見てる感じなんです。まさにキタ━━━(゚∀゚)━━━!!

そうして何人もの読者をトリコにし、おそろしいVIPクオリティに到達し怒涛の更新は終わりました。
もう、心の底からです。痴漢男とYOKO氏の、ふたりの男の成長を堪能した2006年冬……。ロマンスの神様はいたね。

これまで、あまりWEB漫画を注目しなかったアタシですが、WEBと云えどあなどれないことを思い知らされましたよ。読者の反応がまた新鮮。
WEBなら原稿が鉛筆でも下書きでも非難されない、むしろ歓迎という事実。これは興味深い発見でした。
有名なWEB漫画サイトは鉛筆書きのところが多く、話題沸騰で出版にまで至った『きょうの猫村さん』『となりの801ちゃん』も鉛筆タッチ。本になっても清書はされていません。

商業誌では許されない「鉛筆漫画」がWEBで許され、転じて出版されても許されちゃう理由は、WEBでは整った線や背景の情報より、「ストーリー」「容量の軽さ」「更新頻度」が求められるからなんでしょうねぇ。
はじめから「紙」という媒体で手元に渡る商業誌では、ちゃんとペン入れされてないと「金はらってるのに!」と非難の対象になります。しかしWEBはだいたいロハ。無料のものにそんなクレームつける気は起こりませんし、一度許せば立派な味として受け入れられちゃいます。

この違いが紙漫画とWEB漫画の棲み分けになっているのでしょうか。
それぞれのメリットデメリットによって媒体を選べる時代。ケント紙にGペンだけが漫画ではなくなり、CGの導入、果ては大学ノートの落書きという多様化を遂げているのです。進化なのか原点回帰なのかわかりません。

ならば、「週刊少年ジャンプ」で絶賛休載中の某先生もWEBで連載を再開されてはどうでしょうか
これなら下書きでもOK! 単行本で書き直さなくても許されるよ! 原稿料は出にくいけどネ☆


……短期間で膨大なページ数の『痴漢男』を描き上げたYOKO氏は、おそらく遠くない未来に商業デビューされることでしょう。
WEBではない舞台でどのような作品を見せてくれるの、今から楽しみでなりません。期待の新人作家YOKO、未見の方は是非今のうちにクリック!


(↓2chの痴漢男スレッドをまとめた物が一応出版されてはいますが、『電車男』ブームにあやかるだけの手抜き本として評判が悪いようです。残念)

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注:予想に妄想・幻覚・勘違いアリマス

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