第10回 静謐な中に響く『アンダーカレント』
『このマンガがすごい!』を買ったのは2007年度版がはじめてですが、大変ありがたい本ですね。
年を取るにつれ、好きな作家の漫画ばかり手に取りがちな今日この頃。存在を知らないまま一生を終えるとこだったスゴイ漫画たちと出会うチャンスを拾えるのは大きいです。情報に頼って散策を怠るのはいけませんけどね。
膨大な作品郡から「ピン」とくる紹介文、ひっかかる言葉に賭けて単行本を購入。「やっぱり良かった! 買って正解!」のときの感動といったら。
というわけで、これから3回に渡り『このマンガがすごい!』2007年度版で取り上げられ、個人的にヒットした作品を語っていきたいと思います。どうかお付き合いを。
まず1コ目は……

オトコ版、第19位の『アンダーカレント』。
銭湯「月乃湯」を夫婦で経営していた関口かなえ。2ヶ月前に夫が忽然と失踪してしまい、原因も手がかりもつかめないまま、休業していた銭湯を再開するところから物語は始まります。
家族がいなくなっても生活は続く。悲しくても生きていかなければならない。働かなければ、食べなければ。そんな静かな絶望が、丁寧に綴られていきます。
同名のジャズの名盤、洋画、UA主演の銭湯を舞台にした邦画『水の女』など、さまざまな作品を取り入れながら描かれた漫画のようです。いろんな小ネタがおいしいんですよ、落語のオチがあったりとか。
アタシはまず、こなみ詔子の漫画『タイルの水』を彷彿としました。浴槽に張られた水と、冷たいタイル、全体に漂うかすかな死のかおり。それらがとても似ていて懐かしかったのです。ここら辺でガッチリつかまれましたね、ハート。
夫を失ったかなえの前には、ふたりの男が現れます。
組合の紹介から住み込みで働くことになった男、堀隆之。友人の掛け合いで、夫を捜索してくれることになった探偵の山崎道夫。
銭湯での日々と捜査の進展がゆるやかに交差して描かれ、それこそまるで穏やかな清流のよう。その隙間に繰り返し描写されるのが、かなえの見る夢です。
「それから その誰かの手が
私の首をゆっくり やさしくしめていくの
それで首をしめられたまま 深い水の中に 沈められるんだけれど
そうされて私は 怖いのか 安らいでいるのか よくわからないのね
ひとつだけわかってるのは
それが私が一番 望んでいることだって こと」
不穏の象徴のように、この夢は何度も物語を現実から底流へと沈めます。
その水の流れはやがて、いなくなった夫の行方、夢の謎、堀の正体が明かさるラストへ漂着。大胆な描写や展開はありません。ふわりと水底から水面に浮上してくるように、すべての謎が昇華されるのです。その速度があまりにも自然で心地良くて、泣ける。
アタシは登場人物が号泣してたり、心の丈を思う存分叫んでいるような感動ゴリ押しの漫画では泣けないのですが、静かな優しさ、風景に溶け込むような心情を見せられると泣けてしまうんです。これは上品で、大人で、優しい短編でした。
上品さは、雰囲気だけでなくテーマからも醸成されています。
「人をわかるってどういうことですか?」
根底に流れるテーマのうちのひとつです。
4年交際して、さらに4年も結婚生活を送った夫の無言の失踪。事故なのか、事件なのか、自殺なのか、女なのか。
「…… もうね
いろんな可能性は 考えつくしちゃったの
でもやっぱり 自分の意思で
出て行ったとしか 思えないんだよね」
「何がいちばん つらいかって いうとね……
あたしは彼のこと 実はなんにも わかってなかったの かもしれない
そう思うのが いちばん つらいんだ」
テレビ朝日の『TVのチカラ』を見るまでもなく、突然姿を消す人は絶えず存在します。長年連れ添った妻が無言で……なんて話は多いですね。残された人が口をそろえて言うのは「どうして出て行ったのかわからない」。
どこまで知れば「わかった」ことになるんでしょう? これは重い、答えのない問題です。
アタシも嘘つきな男に多く出会ってきましたので、この主人公の不安は痛いほど伝わってきます。いくつもの嘘に驚き、悲しみ、怒って傷つきましたから……。
「奥さん
あなたは どうです?
あなた自身のことは 彼にわかって もらえてたんですか?」
とは、探偵の山崎の言葉。
わかってもらう……わかってもらうって? どどどどうしたらわかってもらえるんですかぁぁっ!!
ちなみに山崎さんは作中で一番ステキなキャラ。
とぼけた調子でいて、なかなかの切れ者。ビジュアルも良い具合にくたびれててカッコイイんです。

作者の豊田徹也は2003年に「月刊アフタヌーン」で新人賞を受賞し、これがはじめての単行本。ですが、新人らしい絵柄ではありません。
いい意味で古臭い。なんだか80年代。昔の大友克洋。新鮮味はないですが、読者に安心感を与えるのに成功しています。
シリアスなテーマが流れる中、ちょいちょい出てくるサブキャラ達も場を和やかにしてくれます。街を徘徊するサブ爺や、友人の菅野よう子(子供の名前を町蔵にしようとしたという小ネタ付き)。
『アンダーカレント』は、漫画好きでない人でも好きになれそうな漫画です。是非ご一読を。いえ、ご二読をどうぞ。
読み返して「アッ!」と思えるかどうかで、作品の出来は大きく左右されますからね。最後まで気づかなかった伏線に振り返って気づかされるとき、人は「やられたー」と額をピシャリと打ちながらニヤリと笑ってしまいます。この作品も見事にそれが。
堀が下着を盗んだ少年を許す心理とか……深いですよ。どうぞ堪能してくださいませ。
ラストに大団円を迎えるわけでも、事態が好転するわけでもありません。しかし無音の決意が、肌に刺さるような痛々しい現実から読者を救ってくれます。アタシは救われました。
「互いに苦しみを ぶつけ合えばいい!
傷ついたら泣いて そのことを伝え合えば よい!」(byサブ爺)
きっと最高の余韻に浸れることでしょう。どっぷりと。
年を取るにつれ、好きな作家の漫画ばかり手に取りがちな今日この頃。存在を知らないまま一生を終えるとこだったスゴイ漫画たちと出会うチャンスを拾えるのは大きいです。情報に頼って散策を怠るのはいけませんけどね。
膨大な作品郡から「ピン」とくる紹介文、ひっかかる言葉に賭けて単行本を購入。「やっぱり良かった! 買って正解!」のときの感動といったら。
というわけで、これから3回に渡り『このマンガがすごい!』2007年度版で取り上げられ、個人的にヒットした作品を語っていきたいと思います。どうかお付き合いを。
まず1コ目は……

オトコ版、第19位の『アンダーカレント』。
銭湯「月乃湯」を夫婦で経営していた関口かなえ。2ヶ月前に夫が忽然と失踪してしまい、原因も手がかりもつかめないまま、休業していた銭湯を再開するところから物語は始まります。
家族がいなくなっても生活は続く。悲しくても生きていかなければならない。働かなければ、食べなければ。そんな静かな絶望が、丁寧に綴られていきます。
同名のジャズの名盤、洋画、UA主演の銭湯を舞台にした邦画『水の女』など、さまざまな作品を取り入れながら描かれた漫画のようです。いろんな小ネタがおいしいんですよ、落語のオチがあったりとか。
アタシはまず、こなみ詔子の漫画『タイルの水』を彷彿としました。浴槽に張られた水と、冷たいタイル、全体に漂うかすかな死のかおり。それらがとても似ていて懐かしかったのです。ここら辺でガッチリつかまれましたね、ハート。
夫を失ったかなえの前には、ふたりの男が現れます。
組合の紹介から住み込みで働くことになった男、堀隆之。友人の掛け合いで、夫を捜索してくれることになった探偵の山崎道夫。
銭湯での日々と捜査の進展がゆるやかに交差して描かれ、それこそまるで穏やかな清流のよう。その隙間に繰り返し描写されるのが、かなえの見る夢です。
「それから その誰かの手が
私の首をゆっくり やさしくしめていくの
それで首をしめられたまま 深い水の中に 沈められるんだけれど
そうされて私は 怖いのか 安らいでいるのか よくわからないのね
ひとつだけわかってるのは
それが私が一番 望んでいることだって こと」
不穏の象徴のように、この夢は何度も物語を現実から底流へと沈めます。
その水の流れはやがて、いなくなった夫の行方、夢の謎、堀の正体が明かさるラストへ漂着。大胆な描写や展開はありません。ふわりと水底から水面に浮上してくるように、すべての謎が昇華されるのです。その速度があまりにも自然で心地良くて、泣ける。
アタシは登場人物が号泣してたり、心の丈を思う存分叫んでいるような感動ゴリ押しの漫画では泣けないのですが、静かな優しさ、風景に溶け込むような心情を見せられると泣けてしまうんです。これは上品で、大人で、優しい短編でした。
上品さは、雰囲気だけでなくテーマからも醸成されています。
「人をわかるってどういうことですか?」
根底に流れるテーマのうちのひとつです。
4年交際して、さらに4年も結婚生活を送った夫の無言の失踪。事故なのか、事件なのか、自殺なのか、女なのか。
「…… もうね
いろんな可能性は 考えつくしちゃったの
でもやっぱり 自分の意思で
出て行ったとしか 思えないんだよね」
「何がいちばん つらいかって いうとね……
あたしは彼のこと 実はなんにも わかってなかったの かもしれない
そう思うのが いちばん つらいんだ」
テレビ朝日の『TVのチカラ』を見るまでもなく、突然姿を消す人は絶えず存在します。長年連れ添った妻が無言で……なんて話は多いですね。残された人が口をそろえて言うのは「どうして出て行ったのかわからない」。
どこまで知れば「わかった」ことになるんでしょう? これは重い、答えのない問題です。
アタシも嘘つきな男に多く出会ってきましたので、この主人公の不安は痛いほど伝わってきます。いくつもの嘘に驚き、悲しみ、怒って傷つきましたから……。
「奥さん
あなたは どうです?
あなた自身のことは 彼にわかって もらえてたんですか?」
とは、探偵の山崎の言葉。
わかってもらう……わかってもらうって? どどどどうしたらわかってもらえるんですかぁぁっ!!
ちなみに山崎さんは作中で一番ステキなキャラ。
とぼけた調子でいて、なかなかの切れ者。ビジュアルも良い具合にくたびれててカッコイイんです。

作者の豊田徹也は2003年に「月刊アフタヌーン」で新人賞を受賞し、これがはじめての単行本。ですが、新人らしい絵柄ではありません。
いい意味で古臭い。なんだか80年代。昔の大友克洋。新鮮味はないですが、読者に安心感を与えるのに成功しています。
シリアスなテーマが流れる中、ちょいちょい出てくるサブキャラ達も場を和やかにしてくれます。街を徘徊するサブ爺や、友人の菅野よう子(子供の名前を町蔵にしようとしたという小ネタ付き)。
『アンダーカレント』は、漫画好きでない人でも好きになれそうな漫画です。是非ご一読を。いえ、ご二読をどうぞ。
読み返して「アッ!」と思えるかどうかで、作品の出来は大きく左右されますからね。最後まで気づかなかった伏線に振り返って気づかされるとき、人は「やられたー」と額をピシャリと打ちながらニヤリと笑ってしまいます。この作品も見事にそれが。
堀が下着を盗んだ少年を許す心理とか……深いですよ。どうぞ堪能してくださいませ。
ラストに大団円を迎えるわけでも、事態が好転するわけでもありません。しかし無音の決意が、肌に刺さるような痛々しい現実から読者を救ってくれます。アタシは救われました。
「互いに苦しみを ぶつけ合えばいい!
傷ついたら泣いて そのことを伝え合えば よい!」(byサブ爺)
きっと最高の余韻に浸れることでしょう。どっぷりと。
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