第11回 ブリキの箱庭『虹ヶ原ホログラフ』
今回は『このマンガがすごい!2007』のオトコ版20位、『虹ヶ原ホログラフ』です。
「新世紀黙示録」という大層なコピーに惹かれながら「えらい大袈裟やな、ほんまかいな」といぶかり購入したのですが……噂はほんまでした。
軽い気持ちで侵入したら見る間に底なし沼へ。パンドラの奈落へ落ちてしまいまいた。
たった1冊で、世界が完成されている!
スケールと密度が半端ありません。ページの造りから構成から完璧すぎて、踏み込んだが最後、一気にラストまで駆け抜けてしまいました。なおかつ、いやがおうでも読み返し。何周も外周走らされてる感じです。
「虹ヶ原」という魔界から抜け出せない……そんな魅力をもった物語。

主人公は眼鏡の少年、鈴木アマヒコ。
東京の小学校でいじめに遭い、虹ヶ原の小学校へと転校してきます。
ところが、出てくるアマヒコは小学生の姿ばかりではありません。幼児のアマヒコ、青年のアマヒコ、老人のアマヒコと、様々なアマヒコが現れ世界を目撃していきます。そんなアマヒコの一生を追ったのが、この『虹ヶ原ホログラフ』なのです……と言えばわかりやすいですが、事はそう単純ではありませんでした。
少年アマヒコと老人アマヒコが病院で、青年アマヒコと少年アマヒコが橋の上で、老人アマヒコと青年アマヒコも病院で……などなど、ひとつの時間軸でアマヒコとアマヒコは何度も出会い、会話を交わすのです。多発ドッペルゲンガー現象!
それはまるで、無造作に置かれた4連バングルの接点を抽出したような感じですかね。
ただの輪廻で世界を閉じてくれない。これが、作品を「難解」と言わしめてる所以でもあります。

また、視点はアマヒコだけでなく、別の人物へも移転します。
クラスのヒエラルキーでトップに立っていたいじめっ子、小松崎航太。
勃発した下克上で下層へ堕ちてしまい、影の薄くなった彼は次第に街を支配する影に魅入られていきます。
増殖する蝶とともにアマヒコの前に神出鬼没し、予言めいたことを告げる水先案内人へと。
荒川マキは、小学生のときから小松崎に好意を抱いていた少女です。
のちにバイト先の店長に殺されかけたところを小松崎に助けられ、アチラの世界へ片足を突っ込みます。
二度、有江を憎む女。蝶を敵視する女です。
そして木村有江。世界の終わる物語を説く少女。
彼女の不幸は際限なく、親しくしていたお兄さんには強姦され、家では父に性的対象にされ、小学校ではいじめられ、トンネルに落とされて11年間眠り続けることになります。
みんなの偉大な眠り姫であり、あらゆる罪を許す菩薩。世界の支柱です。
蝶。
音もなくはためいては増え、すべてを見下ろしています。万物の母であり、実際に母。
――うん、見事に話の見えてこない人物紹介ですね。
他数名を含め、登場人物全員が全員と接触し、時を経て影響し合って、場面は紡がれます。
彼らを結びつけているのが、いくつもの傷。いじめ、暴行、暴力、虐待、殺人。これでもかというほど痛々しい要素てんこもりです。まるで「人は痛みによってでしか現実を認知できないのだ」とでも言いたげ。とんだ残酷絵巻の呈であります。

黙示録と称されてますが、メッセージはありません。
メッセージっぽいキャッチーな台詞はいくつか出てきますが、言葉を受け取るべき漫画ではないのです。「難解だ」と頭を抱える必要もナッシング。ただ、アタシたちはこの丁寧に織られた糸の波に絡めとられてしまえばいい。蝶にまかれてしまえばいい。
人物でなく物語でなく言葉でなく、世界に圧倒される漫画。それがこの『虹ヶ原ホログラフ』。
また、複雑怪奇な構造に気をとられがちですが、「子供」を描いた作品としても最高級の品質を持っています。
先生が僕に言った 「がんばろう」は
下手にがんばらないように がんばることで
果たされている。
生真面目な 学級委員の女の子は、
先週から 給食の班にしたとき、
ひとりだけわずかに すき間ができていること
気付いているだろうか
…でも 仕方ないのか。
大人と子供じゃ 住んでいる世界が 違うんだから。
子供心を知ったかぶりで描いているのではないのが、よーくわかります。これは作者自身が若いためになし得たことかもしれませんね。

この作品を評するときに、浦沢直樹の『MONSTER』や『20世紀少年』を引き合い出す方がいますが、たしかに似た空気を持っています。それらが好きな人は、どうぞ虹ヶ原にもおいでやす。
読み返す度に「アッ!」と感嘆することも必至。感嘆の連続でたまりませんよ。読者もまた、幾度となく虹ヶ原を訪れることになるのです。アマヒコとともに。
「新世紀黙示録」という大層なコピーに惹かれながら「えらい大袈裟やな、ほんまかいな」といぶかり購入したのですが……噂はほんまでした。
軽い気持ちで侵入したら見る間に底なし沼へ。パンドラの奈落へ落ちてしまいまいた。
たった1冊で、世界が完成されている!
スケールと密度が半端ありません。ページの造りから構成から完璧すぎて、踏み込んだが最後、一気にラストまで駆け抜けてしまいました。なおかつ、いやがおうでも読み返し。何周も外周走らされてる感じです。
「虹ヶ原」という魔界から抜け出せない……そんな魅力をもった物語。

主人公は眼鏡の少年、鈴木アマヒコ。
東京の小学校でいじめに遭い、虹ヶ原の小学校へと転校してきます。
ところが、出てくるアマヒコは小学生の姿ばかりではありません。幼児のアマヒコ、青年のアマヒコ、老人のアマヒコと、様々なアマヒコが現れ世界を目撃していきます。そんなアマヒコの一生を追ったのが、この『虹ヶ原ホログラフ』なのです……と言えばわかりやすいですが、事はそう単純ではありませんでした。
少年アマヒコと老人アマヒコが病院で、青年アマヒコと少年アマヒコが橋の上で、老人アマヒコと青年アマヒコも病院で……などなど、ひとつの時間軸でアマヒコとアマヒコは何度も出会い、会話を交わすのです。多発ドッペルゲンガー現象!
それはまるで、無造作に置かれた4連バングルの接点を抽出したような感じですかね。
ただの輪廻で世界を閉じてくれない。これが、作品を「難解」と言わしめてる所以でもあります。

また、視点はアマヒコだけでなく、別の人物へも移転します。
クラスのヒエラルキーでトップに立っていたいじめっ子、小松崎航太。
勃発した下克上で下層へ堕ちてしまい、影の薄くなった彼は次第に街を支配する影に魅入られていきます。
増殖する蝶とともにアマヒコの前に神出鬼没し、予言めいたことを告げる水先案内人へと。
荒川マキは、小学生のときから小松崎に好意を抱いていた少女です。
のちにバイト先の店長に殺されかけたところを小松崎に助けられ、アチラの世界へ片足を突っ込みます。
二度、有江を憎む女。蝶を敵視する女です。
そして木村有江。世界の終わる物語を説く少女。
彼女の不幸は際限なく、親しくしていたお兄さんには強姦され、家では父に性的対象にされ、小学校ではいじめられ、トンネルに落とされて11年間眠り続けることになります。
みんなの偉大な眠り姫であり、あらゆる罪を許す菩薩。世界の支柱です。
蝶。
音もなくはためいては増え、すべてを見下ろしています。万物の母であり、実際に母。
――うん、見事に話の見えてこない人物紹介ですね。
他数名を含め、登場人物全員が全員と接触し、時を経て影響し合って、場面は紡がれます。
彼らを結びつけているのが、いくつもの傷。いじめ、暴行、暴力、虐待、殺人。これでもかというほど痛々しい要素てんこもりです。まるで「人は痛みによってでしか現実を認知できないのだ」とでも言いたげ。とんだ残酷絵巻の呈であります。

黙示録と称されてますが、メッセージはありません。
メッセージっぽいキャッチーな台詞はいくつか出てきますが、言葉を受け取るべき漫画ではないのです。「難解だ」と頭を抱える必要もナッシング。ただ、アタシたちはこの丁寧に織られた糸の波に絡めとられてしまえばいい。蝶にまかれてしまえばいい。
人物でなく物語でなく言葉でなく、世界に圧倒される漫画。それがこの『虹ヶ原ホログラフ』。
また、複雑怪奇な構造に気をとられがちですが、「子供」を描いた作品としても最高級の品質を持っています。
先生が僕に言った 「がんばろう」は
下手にがんばらないように がんばることで
果たされている。
生真面目な 学級委員の女の子は、
先週から 給食の班にしたとき、
ひとりだけわずかに すき間ができていること
気付いているだろうか
…でも 仕方ないのか。
大人と子供じゃ 住んでいる世界が 違うんだから。
子供心を知ったかぶりで描いているのではないのが、よーくわかります。これは作者自身が若いためになし得たことかもしれませんね。

この作品を評するときに、浦沢直樹の『MONSTER』や『20世紀少年』を引き合い出す方がいますが、たしかに似た空気を持っています。それらが好きな人は、どうぞ虹ヶ原にもおいでやす。
読み返す度に「アッ!」と感嘆することも必至。感嘆の連続でたまりませんよ。読者もまた、幾度となく虹ヶ原を訪れることになるのです。アマヒコとともに。
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