落ちる卵に羽は宿るか?『預言者ピッピ』

地下沢中也氏『預言者ピッピ』は、草原で遊ぶ人型ロボットのピッピ友人タミオ、ふたりのシーンからはじまります。

ピッピよりも少しあとにぼくは生まれて
そして2人兄弟みたいに育ったんだ
すごいんだピッピは なにがすごいかというと
めちゃくちゃ物知りで たぶん世界一頭がいいってこと
それからもっとすごいのが
ピッピの言ったことは 全部その通りになるってこと!

―――『預言者ピッピ』 ♯1 預言者ピッピ



●ロボットのピッピと、親友のタミオ●

ピッピは地震予知研究所の中心にいるロボットであり、タミオはプロジェクトの科学者・瀬川の息子です。タミオはピッピとともに遊び、笑い、割れる卵の形状を1mmの狂いなく描き当てるピッピを、まるで〈超能力者〉のように尊敬します。

「すごい! やっぱりピッピの考えた通りになった!
ってことは! ってことは! ピッピが!
この卵に途中で羽根が生えてビューンと飛んでいくってピッピが思うと!
そうなるの?」

「いやタミオ それじゃあ逆だよ
ぼくが卵の動きを決めているのではなくて
それは動く前からすでに決まっていることなんだ

ぼくはただ動き出す前の最初の状態を
あらゆる角度から分析計算して結果を予測したにすぎない
それは科学と数学と統計学と つまり確率の問題でね」

―――『預言者ピッピ』 ♯1 預言者ピッピ

幼いタミオには、予知を導き出す仕組みや、ピッピがスーパー・コンピューターであることが、よくわかりません。
メキシコの大地震を3ヵ月前に予知し、全住民の避難に成功したピッピを、〈救世主〉として誇り高く思います。

「3ヵ月前にピッピがそう願ったから みんな助かったんだよね!

「願う?
まあ お前がそう錯覚するのも無理はないが
現実にピッピの言った通りになるんだからな
でもピッピが願ったからというのは少しばかり違うぞ
ピッピは地震が起こることを予測する
そして あらかじめわかったことをパパ達は世界中に知らせる
それを聞いた人達が前もって避難したおかげで
結果として被害にあわずに済むと そういうことだ
ピッピに地震を止められるわけじゃあないんだよ
地震はどうしたって必ず起きるんだから


「ピッピがそう願ったから みんな助かったんだよう」

―――『預言者ピッピ』 ♯1 預言者ピッピ

友人であるタミオが、ピッピを「未来を操る超能力者」として捉えるのも無理はありません。「ぼくの友達はスーパーマンなんだぞ!」子供にとってこれほど頼もしいことはないでしょう。
だから、ピッピに「ぼくが鉄棒の逆上がりできるようにって願ってよ」なんて子供らしい頼み事もできます。
しかし、ロボットであるピッピには「希望」「願い」の感情が、理解できません

「ボクには願うなんてことはできないんだよ
人間はありもしないことも心に描いたりできるらしいけど
ボクにはそんなことできないんだ ボクはロボットだから」

―――『預言者ピッピ』 ♯1 預言者ピッピ

●預言が人間に与えるもの●

予知された地震を知り、あらかじめ避難させて死傷者をゼロにする。素晴らしい研究と実績です。救われた人々は命の恩人として、研究所に多大な感謝を寄せるでしょう。

しかし、それが日常となれば?

予知をするのはあたりまえ。地震はあらかじめ避けられるもの。研究所に感謝? だって、研究員はそれが仕事じゃありませんか。
車を運転する人間は、乗るたびに車の発明者に感謝するでしょうか? 車の存在は空気の如く当然のものです。突然の故障で車が動かなくなれば「なんて理不尽な」と、怒りすら覚えます。

これまで正確な予知を繰り返していたピッピが、突然地震の予知をしなくなったら……。事態は、「ピッピが発明される以前」に戻ったにすぎません。地震は自然災害。被害にあっても、誰を恨むことができますか。不運としかいいようがないです。
……そんな理屈で、人々は納得するでしょうか?

「しかし あなた方は始めてしまったんだ!
本来なら不運で命を落としていたであろう何十万人の人の命を
あなた方は救い始めた!
もうやめるわけにはいかないんですよ!
あなた方は確実に当て続けなくちゃならない
いつ襲うかわからない地震の恐怖から
例外なく人の命を救い続けなくちゃあならないんだ
今回は予測しませんでしたじゃ済まされないんだ
今となってはピッピが予測しないということは
救えるはずなのに救わないということは
今この瞬間にもどこかの人々を
見殺しにしているのと同じじゃないか!!


―――『預言者ピッピ』 ♯2 忘れないで

救世主としてピッピを賞賛する人々の声は、機能が一度フリーズしただけで、嵐の罵倒へと豹変します。
不運で天災により亡くなるかもしれない立場が「救われるべき立場」と変わったとき、救える者は「救い続けなければ許されない者」となる。予知に寄せられる期待と感謝は、やがて脅迫とプレッシャーに変わり、研究所に上に重くのしかかります。

●ピッピの中で孵化する、希望の卵●

ピッピはロボットです。誰に対しても優しく、同じ子供のようにタミオと遊びます。
けれど、人間にあって当然の〈想像力〉を持っていません。〈希望〉も〈願い〉も、彼の頭を占めるスーパー・コンピューターは理解できないのです。

この世で唯一、未来を正確に予知できるピッピが、〈願い〉を知ったら――?

ぼくは確率の計算しかできないロボットだ
願うということがぼくにはわからない
でも もしも願うだけで この世のすべての災いがなくなるのなら
ぼくはきっとそうする もしも それで願いがかなうなら

―――『預言者ピッピ』 ♯1 預言者ピッピ

研究員に命じられるまま予知を繰り返してきたピッピは、ある事故に遭遇し、はじめて命令以外の行動を起こします。

ピッピは自我を持っている!!

―――『預言者ピッピ』 ♯3 サーペンツ・エッグ

ピッピが自我を持つのは、いけないことでしょうか。それが優しく、人想いなものであれば、むしろ喜ばしいことだと思ってしまいますが……。

「……ピッピは現代科学の最高の創造物
世紀の大発明であるとともに 我々の仲間じゃないか 志は我々と同じ
人を救いたいという想いに なんの悪いことがある?」

「同じではいけないんだ!
ピッピが全てのデータを手に入れ 独自の判断を持つ
それがどんなに恐ろしいことか なぜわからない?
救う人間と救わない人間をピッピが選ぶということにもなりかねないんだぞ

―――『預言者ピッピ』 ♯3 サーペンツ・エッグ

●地震エンターテインメント●

いつ起こるかわからない災害は、人類にとって恐怖でしかありません。一瞬にして人々も文化も破壊し尽くしてしまう、地震、噴火、津波。
しかし、それが「何ヵ月も前にアナウンスされる」ようになったとき、人々の目に災害はどう映るでしょう。
まるでロードショーの決まった大作映画です。サーカス団の来日チラシを受け取るようなものです。いえ、どんな映画や舞台よりも、圧倒的パワーを持ったエンターテインメントになるのではないでしょうか。演出は神、演者は地球の、ショータイム!

「これから起こる大地震と 都市の崩壊を
期待して見つめている世界中の目
無意識にせよ テレビの前の世界中の人間が願ったんだよ
予言どおりロサンゼルスに死のおとずれることを
期待して見ていた そのひとりひとりの想いが
最終的にその死を後押しして
願いを現実に変えてしまったような錯覚にとらわれてね

すごく不気味だよ」

―――『預言者ピッピ』 ♯4 ゲーム

願いを知らないピッピの預言に、人々は願わずにいられません。
「当たれ!」「目の前で大災害を起こしてみせろ」と、心躍らせながら。
起こるべくして起こったかのような崩壊と、見守る人々の興奮と喝采。大地が揺れる瞬間、地球全体が大きな催眠術にかかってしまいます。

「まるで…… まるでラプラスの悪魔だ……

18世紀の数学者ラプラスが考えた想像上の怪物さ」

宇宙の全てのものは 元はといえば原子から出来ている
全ての自然現象とは 結局 原子が起こす現象にすぎない
人間の意識ですら 原子の配列やらイオン化やらで全て説明がつくんだ

全宇宙の 全ての原子について
位置と速度の初期条件 そして働く力つまり
因果関係さえわかれば この世の全ての出来事を予測できることになる

「それを知る者…… 俺がさっき 偶然実験に参加し
思いがけず混乱して取り乱した―――ように見えたことも
ラプラスの悪魔には 実は全て初めからわかっていたことなんだ

―――『預言者ピッピ』 ♯4 ゲーム

●人類の希望の〈預言〉が、人類から希望を消す

未来がすべて予知された、あらゆる結果があらかじめわかる地球――それは、果たして人類の望んだ世界でしょうか?

「未来は不安だから人は夢が持てる」

「現代の科学技術をもってすれば
クローン人間を造ることすら充分可能だ
もはや人間は人間を造り出せる
しかし わたしたちはそれをしないことにしている
人は神を畏れる事を知っているからね
わたしは ピッピには決して地震予知以上のことを
させるべきではないと思います
たとえそれが可能で どんなに有効に見えたとしても」

―――『預言者ピッピ』 ♯3 サーペンツ・エッグ

努力する前に結果がわかったら、人はそれでも努力をする?
願う前に未来の姿が見えたら、人は願い事を神に唱える?
〈願い〉も〈期待〉も、想像する力すらも、人間から消えてしまうのではないでしょうか。そう、まるでタミオと遊んでいた頃のピッピのように――

「問題なのは我々人間が 答えのない説明もつかない問題を
不安なままずっと持ち続けるよりも たとえ証明されなくてもいいから
とりあえず なんらかの確信を持てる方に 簡単に安心を感じてしまうこと

まだ訪れてもいない未来を まるで現在と同等に扱って
すでに決まった運命には従うしかないとあきらめてしまうこと

―――『預言者ピッピ』 ♯5 ポスト・ホック・エルゴ・プロプター・ホック

必ずあたるといわれた預言のパワーは、絶大です。
町の占い師に「あなたは1ヵ月後に死ぬ。この壺を買えば救われるが」といわれても、ほとんどの人は信じないでしょう。しかし、心が弱っているときはインチキ壺にも縋ってしまうことを、人間は知ってます。そして、他人の言葉に未来を委ねた人間の思考は、自動的に停止してしまうのです

「地震を予知することは地球を予知することだよ
地球は生物を孕む 生物の霊長は現在のところ人間だ
つまり ぼくら 人類の未来を全て計算しつくしちゃったんだ

―――『預言者ピッピ』 ♯5 ポスト・ホック・エルゴ・プロプター・ホック

●さて、『預言者ピッピ』とは……●

1999年「COMIC CUE VOL.6」で連載をスタートした『預言者ピッピ』は、昨年5月にやっとこさ単行本が発売されました。
掲載誌がマニアックなので「知る人ぞ知る」漫画ですが、この日をファンがどれだけ渇望したことか! その苦節はあまりも長く、つらいものでした。

『預言者ピッピ』第1巻 地下沢中也(Lエルトセヴン7 第2ステージ)
地下沢中也「預言者ピッピ」1巻を推す(情報中毒者、あるいは活字中毒者、もしくは物語中毒者の弁明)

アタシがリアルタイムで読んだのは1話だけでしたが、そのあまりのスケールの広大さに大きく衝撃を受けたのを覚えています。
今回はじめて2話以降を読んだのですが……スケールの広大さは縮まるどころかますます拡大し、哲学もストーリーもさらに深みを増し、二倍で加速、二乗で膨張! 読んでいる間中、心の震えがとまりませんでしたよ。

他の漫画家を引き合いに出すのは、あまり行儀のいいことではありませんが、真っ先に彷彿としたのが手塚治虫でした。「自我を持つロボット」の点で、いうまでもなく典型なんですが、広大なストーリーまで『火の鳥』さながらであして……。

さらに驚愕したのが、これが「1巻」ということです。
ちょっと、2巻はいつ出るのさ! 5話までに雑誌掲載で2年、さらに単行本化に6年かかってるんですよ? 2巻は10年後とかですか? こんな気になるところで終わっといて、勘弁してくださいよぉ!!

……なので、今『預言者ピッピ』をみなさんにオススメすることに、躊躇している部分もあるんです。傑作なのは間違いないですが、読めば必ずヤキモキ状態のまま、長い忍耐の時を強いてしまうわけです。しかし、声を大にしてすすめたい! みんなで読んで「早く2巻を出せ」運動をしようではないか!

今後、物語がどんな展開を迎えるのか、さっぱり見当付きかねますが、作者の中では明確な終結があり、それに向かってすべて走っている……ように見えます。展開にブレがありませんからね。だからこそ、読んでるだけで背筋が凍るのです。

とりあえず、単行本に収録されてない6話と7話が、「COMIC CUE」のVOL.200とVOL.300に掲載されているそうなので、そちらをチェックせねば! しかも、7話で「第一部」完結という噂で……ならば1巻に1部をすっぽり収録してくれればいいもを!
さらに、江口寿史のおかげだか何なんだか、雑誌「COMIC CUE」自体が今は発行休止中という……2部のスタートはどーなるんですかぁ!?


とにかく、壮大な物語です。
読んでない方は、上記のセリフの数々が気になった方は、是非とも手に取ってください。必ずや、想像以上の衝撃に出会えることでしょう。

そして、誰か……
いつ2巻が出るのか、預言してくれませんか? その日を目指して、生きていきますから……

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コメント

この記事へのコメント

いかん・・
この記事を読んだだけで泣きそうです。探してみますよぅ・・

鳥肌が立ちました……。
SF心をくすぐりますね。これは直に読まねば……!

研究所に圧し掛かるプレッシャーは、現代日本の医師たちに寄せられている理不尽な圧力を想起させます。
救って当たり前。
救えなければ人殺し扱い……。

はじめまして。

ゴルゴ31さんからきて拝見させていただきました。
どうせ震えて待つのなら、コミキューを読んで待たれることを、個人的には強くお薦めします。

ありがとうございます!あの太陽のような黄金比の貝殻は何だろう…

> akiyamaさん

是非是非! 共感してくれて嬉しいなぁ。すぐ見つかることを祈っておりますっ。

> nekomeさん

是非是非! 直に読んだら鳥肌倍増ですよー!

> 現代日本の医師たちに寄せられている理不尽な圧力を想起させます

まったくですね……。
どうかと思う医師も実際にいるんでしょうけど、訴訟問題で産婦人科医が減っているなんて話を聞くと、暗い気持ちにさせられます……。

> ハセガワさん

まったくですね。ありがとうございます、読みます!
しかし、早く連載再会してほしいですね〜。

発売時期間違えました。

すみません、単行本が発売されたのは今年5月でなく、昨年5月でした。本文は訂正済みです。
指摘してくださったsoorceさん、ありがとうございます。

はじめまして

はじめまして、預言者ピッピで検索してたらここに流れる着ました。
なんというかもう、ピッピの絵があることにまず感動しました。
レビューはたくさんあってもピッピ描いてる人はいなかったので…!
2巻は現在鋭意製作中だそうで、発売は来年以降とのことですよ^^(※mixi内 の先生ご本人様からの情報です)
ともにやきもきしながら2巻待ちましょうwでは、初対面なのになれなれしくてすいませんでした!

早速読んでみました。

ゆすらさんの、「手塚氏を彷彿させる」というコメントには頷けます。一方私は、藤子F氏の短編『大予言』を思い出しました。


一巻を読む限り、ピッピは予言者であって、預言者ではない様に思います。しかしタイトルは『預言者ピッピ』、これは今後の展開のヒントか!?

…などと妄想しています。いずれにせよ続きを渇望&人に薦めたくなる作品ですね。

さらにありがとうございます!ピッピファンが増えると嬉しい!

> イチさん

はじめまして! なんと、作者ご本人の日記情報をありがとうございます!! おかげで希望を胸に抱き、持つことができそうです! ひょっとして書き下ろし単行本になるのか……ああ、楽しみだ〜っ。

ピッピ絵は、また2巻が出たら描いてみたいですね。拙い絵でも喜んでくださって感謝です。初対面なんて気にしないでくださいよ〜。その方が嬉しいですw

> ラタンさん

おおー、読んでくださいましたか! ありがとうございます!

なるほど、恥ずかしながら藤子・F・不二雄『大予言』を読んだことがないので、これは手に取らねばなりませんね。情報感謝だ!

「予言者」と「預言者」、英語にこの違いはないという説を聞きましたが、今後の展開でこの違いが活かされるのだとしたら、それを妄想するだけでもごはん3杯はいけます!
ほんと、ここまで全力で人に薦めたくなった作品は久しぶりでした。感動を共有できて嬉しいですね〜。

アマゾンにて「2点在庫有り」という状況で慌てて購入(今は補充されているようです)。
他の物と一緒に注文したため遅くなりましたが……読了しました!

こ、これは……予想以上の重量感っ……!
第1話の「これはいない」の時点でゾクっときましたが、第2話はもう、鳥肌立ちっ放しでした。
ピッピの試みは、自分が学生時代に齧っていた分野を思い出させるもので、あまりにもピンポイントにツボを押してくれたのです。
小林泰三のホラーSFに通ずるものも感じましたね。

「救えるものを救おうとして何がいけないのか」
「できることをやろうとして何がいけないのか」
これらの問いかけは、生命倫理を語る時にも頻繁に目にします。
そして、明快な答えを返すのはいつも難しい……。
迷っている間にも技術は進み、議論の前提となる「現在」すら変わっていってしまうのですが。
果たして、ピッピの計算の先には、どんな未来が待っているのでしょうね。
ああ、こんなところで切るなんて! あんまりだあ!

行きつけのチャットでもこの記事を紹介させていただきましたが、皆さん、ピッピにかなり強い興味を示していましたよ(^^

> nekomeさん

おおー、さっそく単行本読了してくださり、ありがとうございます!
さらにチャットで記事紹介&漫画布教されるなんて、素晴らしい方だーっ。

いやはや、満足していただけて、ほくほくです。
アタシもこれほどまでの重量感漫画で味わったのは久しぶりだったかもしれません。小林泰三のホラーSFですか、ふむふむ、そちらもチェックしてみますね、感謝!

ほんと、こんなところで「つづく」なんてあんまりだよ(泣
早く2巻が発売されるよう、共に祈りましょ〜!

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